「あ」
「―――ム」
出会い頭にぶつかって(銜えたパンがオプション)恋に落ちる、は恋愛ものの王道だが。
廊下の角を曲がった所で鉢合わせした二人は、小さな声を発したきり、しばし動きを止めた。
「あー、えーと・・・元気か?」
「崖っぷちの貴様と比べたら、すこぶる順調だ。他人を心配する前に、己をよく省みたまえ」
何とも表現し難い沈黙が数秒続いた後、成歩堂が捻りのない挨拶を捻り出してみれば。
はっと小さく息を呑んで表情を引き締めた御剣は、心持ち顎を上げて上から目線になり。ヒラヒラの揺れる胸板をピシリと居丈高に張り。その口調ときたら、暗黒時代が甦ったかのような嫌味と侮蔑混じり。
一瞬ムカっときた成歩堂だったが、反駁しようと口を開く直前。白磁を思わせる頬が、うっすら赤くなっており。偉そうに組んだ腕を、長い指が忙しなく落ち着きなく叩いているのを見付け。
『ああコイツ、ツンデレに成長したんだな』と妙な感慨に耽った。記憶に残っている御剣はもう少し素直だったが、きっと過酷な環境が無邪気さを奪ったんだろう、なんて御剣が成歩堂の思考を覗けたらさぞかし憤慨して異議を申し立てる事間違いなしの解釈をし。
照れ臭さもある筈だから成歩堂側が大人の対応をする所か!と、更にツッコミ必至な結論を内心ドヤ顔で出し、幾分緊張している御剣を生温い眼差しで見詰めた。
「これでも、前よりはマシになったよ」
ツンデレぶりにツッコむ事なく。声を荒げて反撃したりせず。穏やかに話しかける。まるで、意地を張った子供に保育士さんが接触を試みるような。はたまた、威嚇する猫を宥めるかのような空気がビシバシ漂っていたけれど、幸いにも気付かれずにすんだ。
御剣がそれだけテンパっていたのか、もしくは友愛たっぷりの態度が満更でもなかったのかは、不明。兎に角御剣の雰囲気は、多少軟化した。
「また、お得意のハッタリか。昨日の裁判でも、間抜けに追い詰められていただろう。まぁ、あの展開から無罪にもっていったのは、まぐれとはいえ評価してやっても良いが―――何だ、その腑抜けた面は」
「・・・いや、あの・・」
皮肉が散りばめられていたものの、誉め言葉らしきものが御剣から出た事も驚きなら。御剣に指摘される程、呆気に取られた顔してしまった原因は。
「僕の裁判、知ってるんだ・・」
「ムッ!?」
一番小さな法廷で開かれた、話題性もない裁判。センセーショナルだった裁判の影響が未だ尾を引いているのか、傍聴席はそれなりに埋まっていたとはいえ。正直、御剣が傍聴もしていないのに(姿は見かけなかったから)内容を把握しているとは、意外で―――嬉しかった。
「自惚れるのではない! ぐ、偶然、本当に偶々、裁判の事例が私の扱っている懸案と類似していたから資料を取り寄せただけで! 決して、貴様の担当する裁判全てをチェックしたり、映像記録媒体を入手して繰り返し見たりはしていないぞっ」
「・・・分かった。分かったから、落ち着け・・」
必死な形相で詰め寄る御剣の肩を、ポンポンと叩く。ここで『いやいや、全部暴露してるからね!? この自爆型ツンデレめ!』とツッコもうものなら、御剣は羞恥で憤死するかもしれない。
「僕も、御剣の扱った事例で色々聞きたい事があるからさ・・・今度、飲みにでも行かないか?」
刺激しすぎないよう注意しながら、そして内心でまたしてもあまりのツンデレっぷりを微笑ましく思いながら、提案してみる。
「ム・・・そういう事なら、時間を割いても差し支えない」
成歩堂の作戦は成功し、やや冷静さを取り戻した御剣はヒラヒラを正しい位置に撫で付けつつ、素っ気なく頷いた。
スケジュールを確認して。
日時を決めて。
「じゃ、またな」
「ああ、また」
別れる前に、再会を約束する。
そんな些細な事が、自然にできる関係。
成歩堂は改めて一歩進んだのだと実感し、笑みが零れるのを止められなかった。
おまけ:飲み会での一幕
「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「・・・気が向いたら、答えてやらないでもない」
「(どっちだよ) あのさ―――何で蝶ネクタイから、ヒラヒラに変えたんだ?」
「だからヒラヒラではないっ!!」