ミツナル

話したい秘密




 誰も知らない。
 知られては、いけない。
 けれど、世界中の人に知らせたい。
 『彼』との関係を。




「無罪!」
 カーン!!
 法廷に裁判長の判決が響き。静寂を木槌が裂いた。途端、どっと沸き起こる喧噪。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」
「いやいや、ハラハラさせてすみませんでした」
 感涙に咽びながら礼を言う依頼人に、成歩堂は苦笑を返した。無罪を確信していたものの、証拠を見付け、ロジックを構成し、真実への道筋を作るのは大変だった。
 成歩堂の実力不足も一因だが―――。
「御剣検事! 大変、非常に残念ながら今回は敗北してしまいましたが、どうか気落ちせず一言お願いしますっ。気が進まないかもしれませんけれど、ライバルの成歩堂弁護士へも何かコメントを」
「・・・真実が明らかになる事が重要なのであって、判決自体に勝ちも負けもない。真実の奥に潜んでいた真実に、ハッタリ弁護士が崖っぷちで気付けたのは偶然に近い。次回は、正統な裁判を展開するつもりだ」
「流石、御剣検事のおっしゃる事は重みがありますね! もっと深く長く長ーくお話を伺いたいんですが!!」
 勢いよく、誰よりも早く今回の担当検事へと突撃した記者の双眸はハート型になっていた。主旨と目の色が変わってるぞ、とツッコミたくなったのは成歩堂だけではない。
「うわー、相変わらず囲まれてるな」
 依頼人の感謝が掻き消される程の騒ぎに、成歩堂は頬を引き攣らせた。難しい事件だったから、見事逆転勝利した成歩堂の所へも記者やらレポーターやらが来てはいるが。御剣を取り巻く人垣は数も違うし熱気が凄まじい。何割が個人的感情を携えているのかと、つい僻みたくなる。
 そう、女性達の圧倒的支持を得ていてどちらが勝利したのか分からなくなってくる程、注目の的である御剣が今回の相手で。もうダメだと、何度諦めそうになっただろう。
 不利な証拠ばかりで誰も弁護を引き受けたがらなかったからこそ、巡り巡って成歩堂の所へお鉢が回ってきており。そんなスタートからして難しい事案なのに、完璧主義の御剣ときたら情け容赦なく、冷酷無比に成歩堂を追い詰めた。
 よくぞ逆転できたと、成歩堂が一番胸を撫でおろしていたりする。
「話題性がなくても、スポットライトを浴びなくても、俺は成歩堂さんの凄さを理解していますっ!」
「あ、ありがとうございます・・・微妙に凹みますけど・・」
 依頼人は力強く(?)励ましてくれたけれど、もしかしたら男性だった所為かもしれない。バシバシ肩を叩かれながら、成歩堂はこっそり溜息をついた。




 閉廷してから、数時間後。依頼人が招待してくれた祝いの席を、頃合いを見計らって―――再び一緒にいられるようになった家族と積もる話もあるだろう―――抜け出していた。微酔いで少し手元を危うくさせつつ、キーケースの鍵を差し込んで中へ入る。
「ただいま〜」
 静まり返った部屋に成歩堂の声が響く。余韻が消えれば、また静寂が訪れる筈だった。
 が。
「遅い」
 タンッ!
 出迎えの挨拶ではなかったが、確かに返答があり。成歩堂が驚く前に壁へと押さえ込まれ、中途半端に開いた口唇は薄くしっかりとしたモノで塞がれる。
「・・む・・んー・・っ・・」
 突然の出来事への動揺で反射的に暴れ。すぐ、抵抗は止む。上から目線の、不機嫌な物言いも。密着する鍛え上げられた肢体も。深く触れ合う唇と舌も。よく、知っていた。
 そもそも、『ここ』は成歩堂のアパートではない。
 裁判が終わるまでは、事務的な連絡以外は一切接触を断ってきた―――恋人のマンション。
「インタビューとは随分違う、がっつきようだな」
「貴様こそ、ベタベタ触らせるなど隙がありすぎる」
 お互い憎まれ口を聞きながら。ずっと望んでいた距離に小さく笑みを零し、再度顔を寄せた。
 誰に話す事が出来なくても。
 本心とは裏腹の態度を取る事があっても。
 互いが、たった一人の恋人。