平行線が交差しているように見える点をVanishing Pointというが。
それは、錯誤。
平行な2つの線はどこまでいっても、永遠に交わる事がない。
「また喧嘩でもしたのかぁ?」
「また、って何だよ」
悪友の呼び名がピッタリくる矢張に覗き込まれ、成歩堂は乱暴に顔を押し退けた。
「だってよぉ、オマエがヘンでアイツもヘンな時って、絶対喧嘩した後じゃねぇか」
「・・・御剣、様子がおかしかったのか?」
奇天烈な顔面になりながらも矢張が続けた言葉は、成歩堂をトーンダウンさせた。
矢張の邪推とは異なり、喧嘩などしていない。言い争いをする所か、最近、成歩堂と御剣の間には妙な緊張が流れていた。すっきりしないというか、奥歯に物が挟まっているような、お互い話したい事があるのに無理矢理飲み込んだ感じで、顔を合わせればどこかぎこちない空気が生じる。
怒鳴りあって、本音をぶつけ合って、喧嘩した方がマシだ。
下唇を噛んで黙りこくってしまった成歩堂に、矢張がぼりぼりと頭を掻く。
「まったくよぉ、オマエらイクツになっても変わんないな」
「オマエが言うな!」
大袈裟に肩を竦め偉ぶって言うものだから、後頭部を思い切り叩きつつ成歩堂はツッコんだ。矢張がイイ年をして巻き起こしたトラブルの数は、両手両足を使っても足りない。
「痛ってぇなぁ! それがショウシンの親友に対するシウチかよ!?」
「オマエ、片仮名で言ってるだろ。漢字を使えるようになったら、慰めてやるよ」
「ベンゴシだからって、イバるなー。ジャクシャの味方になれ〜」
「どこが弱いんだっ」
矢張のボケへ、容赦なくツッコミを繰り出した成歩堂だが。心の奥底では、ここぞという時架け橋になってくれる幼馴染みの存在に感謝していた。
「相変わらず、忙しいのか?」
「ウム・・それ程でもない」
「どっちだよ」
久々、と感じる位。前に御剣と会ってから日数が経っていた。依頼を抱えていた所為もある。御剣も、大きな事件を担当していると聞いた。けれど、時間を作ろうと思えば作れた。今まで、そうしてきたのだから。
「崖っぷちのままか」
「煩いよ」
軽い会話も。小馬鹿にした表情も。何ら変わらないようでいて、何かが違う。
成歩堂なりに決意した後、御剣があの女性について尋ねてくる事はなかった。肩透かしを喰らった気分になり。また、いつ聞かれるのかと落ち着かない。
「それでも、評判は良いようだな」
「へ?」
「・・・昨日、検察局の女性職員から貴様を紹介してくれと頼まれたのだが」
「えええ!?」
会話しつつ器用にも物思いに耽っていた成歩堂を、御剣の言葉は一遍で引き戻した。想像もしない内容に、瞠目して驚く。
そう。成歩堂は純粋にびっくりしただけで、女性から好意を抱かれていると知って喜んだ訳では決してなかった。
しかし、何故か御剣は別の解釈をしたらしい。
「付き合うのか? あの女性はどうした?」
「御剣・・?」
「――――――」
ダンッ!
「っ!」
未だかつてない程、表情を険しくした御剣に壁へ押し付けられ、衝撃と驚愕に身体が固まる。
どうして御剣が怒っている―――としか見えなかった―――のか、『あの女性』とは一体誰の事を言っているのか。聞きたい事は幾らでもあった。
「んんっ!?」
だが、どの問いも。いきなり唇を塞がれて、発する事なく消える。
「もう、偽るのは終わりだ」
「誰にも渡さない」
「私を――私だけを、見たまえ」
嵐にも似た時間が過ぎ。情けなくも膝が砕け、御剣の為すがまま抱き締められた状態で。甘さは欠片もなかったけれど、熱く鋭く強い言葉を耳朶へ注がれ。
白く霞む頭の片隅で、成歩堂は世界が傾く音を聞いた。
もし、例え1ヨクトメートルでも線が方向を傾ければ。
限りなく平行に見えても、いつかは交差する日がくる。