ミツナル

溺れる獣




「こんの、サド検事!」
 巨大な芋虫のように、羽布団を引っ被って。
 顔だけ少し出して、噛み付く成歩堂。
 その声は嗄れ、目元は赤く腫れ、トレードマークの跳ね髪も無残に乱れている。
「ム……証拠もなしに、人をサド呼ばわりするな」
「この期に及んで開き直るオマエが、よく分かんないよ…」
 流石に情交の後始末だけはされていたが。
 布団の下に隠された裸体は、『証拠』のオンパレードで壮観だった。
 赤と紫と歯形のキスマークで飾り。
 四肢は拘束による擦過傷がくっきりと残り。
 一滴残らず精液を搾り取られた成歩堂の分身と、御剣の楔以外でも蹂躙された後孔は触られるのも嫌な程、過敏になっているに違いない。



 切っ掛けは、ほんの些細な事。
 成歩堂が師匠である千尋の想い出を懐かしそうに話したその横顔に、御剣は突然、酷く、欲情した。
 心酔しきっていた千尋が話題に上る頻度は高いから、それだけが原因という訳ではない。
 一ヶ月程、会えなくて。
 その間、成歩堂からの連絡は数回のみだったり。
 半ば強引に御剣の家に連れてきても、成歩堂は無神経に御剣以外の、どうでも良い話ばかりするものだから。
 腹立たしさもあった。
 つれない恋人に、どれだけ御剣が味気のない日々を送っていたのか、御剣が逆に蕩々と語りたかった。
 だから鬱積した行き場のない想いが、普段なら何でもない事柄に反応して、弾け溢れたのである。
 成歩堂は、話の途中で(成歩堂にしてみれば)脈絡もなく襲い掛かってきた御剣に驚き、嫌がり、最後には憤慨しながら抵抗したが。
 御剣はその体格と技巧に物を言わせて抑え込み、身動ぎさえ成歩堂の意志では不可能な形に縛り上げてから、存分に、御剣の好きなように陵辱した。
 傷付けたい訳ではない。
 苦痛を与えたい訳でもない。
 御剣は真性のサドではないのだから。
 ただ。
 御剣に卑猥な事を強要されて、羞恥に身を灼く様とか。
 無理矢理陥れられる快楽に屈する瞬間の、官能と絶望と自我喪失の恐怖との狭間で今にも泣き出しそうな表情とか。
 御剣だけが知っている、御剣しか見られない『成歩堂』が欲しくて堪らない。
 その成歩堂を腕に収めている瞬間だけ、御剣は満たされる。
 成歩堂を本当に手に入れたのだと実感できる。
 その感情の発露は、成歩堂の気持ちを疑っているのとは、違う。敢えて名前をつけるとするならば『飢餓』だろうか。
 長く暗い歳月を経て、初めて知った温もり。
 もっともっと近くに引き寄せて、解け合う位に繋がって、細胞の全てで成歩堂を感じていたいのだ。
 欲しくて。
 欲しくて。
 どれだけ貪っても、足りない。
 だから、御剣が半分身を浸しているのであろう狂気に、刹那だけでも成歩堂を堕とす。御剣と同じ世界に、引きずり込む。
 擬似的な、しかし至上に蠱惑的な融合。
 成歩堂と一つになりたい訳ではないから、二つのものが一つだと刹那だけ錯誤する感覚は、御剣の脳髄に凄まじいエクスタシーをもたらして。
 一度味わったその喜悦は、到底忘れられるものではない。
 成歩堂はよく、御剣の事を暴君だの、自分勝手だの、成歩堂を気分次第で振り回すだのと文句を言うが。
 実際に翻弄されているのは、御剣だ。
 コカインより常習性と中毒性が高い脳内麻薬を、散々分泌させておきながら。
 禁断の快楽を味合わせておきながら。
 一人清らかな顔をして、御剣が獣欲に溺れる様を高みから眺めている。
 全く以て、残酷な男だ。
 そんな成歩堂を逃さない為には、こちらも非道になるのが最適の対応策。



「うう。久々の休みなのに、何にもできない…」
 もぞもぞと動き、途端、激痛が走ったのか眉尻を下げて成歩堂が嘆いた。
「……成歩堂。頼むから、そんな泣きそうな顔をするな」
 御剣は眉間の皺を増やして、困ったように成歩堂へ哀願する。
 その様が、成歩堂には反省しているように見えたのかもしれない。瞬いて、幾分表情を和らげかけた成歩堂だったが。
「また、啼かせたくなるだろう…?」
 御剣が唇の端を綺麗に、しかし邪悪に歪め。
 切れ長の瞳に、酷虐な光を過ぎらせたものだから。
 「――――っっ!!」
 成歩堂はさぁっと蒼白になり――布団の中に完全に潜り込んで、長い間出てこようとしなかった。