これまでの粗筋(というか設定)
○真宵が化け猫憑きの除霊を依頼されたよ。
○でも実は良い霊だったので、霊力のある瓶に入れて、浄化しつつ癒してたよ。
○でもウッカリ躓いて瓶を割ってしまい、驚いた猫霊はたまたま近くにいた御剣の中に入ってしまったよ。←今、ここ。
高貴な印象の猫と言って成歩堂が思い付くのは、ペルシャ猫で。
故に、御剣に生えた耳と尻尾はペルシャ猫のものではないかと思う。まあ只のイメージで、口にしたら御剣から容赦ない指摘と叱責を受けるのは必至。しかし、そんな下らない事を考えてしまう位には、動揺していた。
真宵の指示で明日には綾里の者が新しい封瓶を持ってくるから、それほど深刻な事態でなくても、だ。今や検事局長となった御剣のガチコスプレ姿なんぞが人目に晒された日には・・・想像だけで卒倒寸前。
そんな経緯で元に戻るまでの間、成歩堂は御剣に張り付く事になった。御剣なら大抵の事態に対処出来るだろうが、真宵の仕出かした事であれば完全放置という訳にもいくまい。
「夕食は・・・やっぱり猫缶?」
「馬鹿げた事を言うな。成歩堂が食すというなら、止めはしないが」
それなりに殊勝な気持ちの元、成歩堂なりに色々考えてみたが冷たい一瞥を寄越される。
「玉葱は抜いてもらった方がいいよなー」
「戯言は止めて、迅速に電話したまえ」
睥睨と共に渡されたのは、御剣が贔屓にしているデリバリーの名刺。この支払いは持つべきだろうな…と財布の中身を思い返しつつ、電話を掛ける。雑然としている成歩堂なんでも事務所で一晩を過ごす事に御剣は難色を示していたものの、外に出るのは問題外。
今は本来の機能を取り戻した仮眠室はあるし、明日は土曜日で事務所は休みだし、後は食事さえ確保できれば一日御剣を匿える筈。御剣の奇天烈な格好を目の当たりにした衝撃が少しずつ収まって行くにつれ、成歩堂の中でこのハプニングを楽しむ余裕が湧いてきた。
当事者たる真宵は、みぬきとガールズトークをするのだとあっけらかんと笑って、家へ向かった。最後まで粘っていた王泥喜も御剣に帰宅を促されて渋々退出したから、事務所には成歩堂と御剣の2人きり。
久しぶり、だった。
検事局のトップで君臨する御剣は言うまでもなく。つい先頃弁護士に返り咲いて、所長として二人の部下を率いるようになった成歩堂もまた、多忙を極め。個人的な時間が取れるのは、週に一度あれば良い方。
家族と身内は成歩堂達の関係を知っているから、全面的に(一部は不承不承)協力してくれるけれど。成歩堂が再び日の当たる表舞台に身を置いたとはいえ、立場上、プライベートの時間が劇的に増える訳はない。
予定外の逢瀬に繋がったのだから、この一騒動は差し詰め怪我の功名。
「三十分で届けるってさ」
「ム、そうか」
「安い発泡酒ならあるけど、飲む・・プッ」
御剣の注文を終わらせた成歩堂は、段々と気分が高揚していくのを自覚しながら振り向き。
―――小さく噴き出した。
理由が麗しさ故か厳格なオーラ故かは判然としないものの、泣く子も凍り付くと評判の御剣検事局長は。毛髪と近しい色彩を有した猫耳を時折ピクピクと動かし、短い間隔でシターンシターンとソファの座面を尻尾叩いていた。
あれが、検事局長。あれが、御剣怜侍。
表情と雰囲気と態度は、少々不機嫌な時のもので。フカフカモコモコのファンシーでファンタジーな付属品も、同じ感情を示しているのだ。似合っていないようで、酷い違和感でさえそれなりに従えてしまうのは、流石。
「人の顔を見て笑うとは、失敬だぞ」
「ごめんごめん。でも、顔じゃなくて耳と尻尾だから。やっぱり写メらせてよ」
「却下だ」
真宵やみぬき達からも写真を撮らせてくれと頼まれていたが、眉間の皺を深くして断っていた御剣。紳士といえど、後々笑い話の種になりそうな願いを叶えるつもりはなかったようだ。
況や、既に笑っている成歩堂の望みを聞き入れようか。
御剣は、成歩堂が取り出した携帯を手の平全体で覆って撮影を阻止した。しかし成歩堂もそれは予想していたので、代替え案を提示してみる。
「じゃあ、ちょっと触らせて?」
「貴様、完全に楽しんでいるな。無論、却下だ」
「いやいやいや、折角だし」
「玩具ではない」
顰められた眉のすぐ近くで、忙しなく揺れる猫耳。人間のサイズに見合って本物の猫より大きなそれが、非常に気になる。触ったらどんな反応をするのかも、好奇心が疼いて。
いい年をした大人がソファで触る触らせないの攻防戦をする様は、他人に見せられるようなものではなく。また、第三者がいれば控えただろう。けれど二人きりなので、興は乗る一方。
「ふむ。そこまで言うのなら、期待に応えよう」
「え・・? おいおい、何で手を縛るんだ!?」
「隅々まで、『触る』為だ」
次第に、イチャつきかじゃれあいにしか思えない遣り取りが桃色の空気を纏っていき。
「・・さ、触ん・・なっ・・!」
「成歩堂が触りたいと言ったのだぞ? 遠慮せず享受するといい」
「ち、が・・っ」
猫耳尻尾は、十二分に活用されたのであった。