正月三箇日だろうと、御剣検事局長の朝は基本的に変わらない。
濃い目の紅茶とクロワッサン、オムレツとサラダ。紅茶以外は、御剣御用達のホテルから取り寄せている冷凍&真空パックの出来合い品。以前に比べて食品の保存技術は進歩し、味わいも作りたてと比べてそれ程遜色ない。
だから食事の準備にかかる時間を節約し、その分、手間暇をかけて目覚めの一杯を抽出している。気品すら漂う芳香を堪能しつつ、英字新聞を始め三種の朝刊を片手に優雅に朝食を済ますのが日課だった。
けれど、今朝は少々パターンが異なっていた。用意した朝食は、どれも二人分。しかも寝室の方を一度見遣って少し思考に耽った後、全てをトレイに乗せてリビングを後にする。
カチャリ
静かに扉を開けると、片側だけカーテンを引いた窓から朝日が差し込み、ベッドを斜めに照らしていた。ベッドの中央には膨らみがあり、微かに上下するのが窺える。
御剣はサイドテーブルへトレイを置き、残りのカーテンを全て開け放った。忽ち、東向きで二面採光の寝室が照明を点けていないのに光で満たされる。ベッドへも燦々と降り注いだが、ベッドの塊は動かない。
「成歩堂・・寝正月も程にしたまえ」
ベッドへ腰掛け、強めに揺する。
「・・う・・うーん・・あと五時間・・」
布団をすっぽり被っていた為、明るさは遮る事ができても。直接的な干渉は無視できない。御剣の手から逃れるように身動ぎしながら、塊の正体である成歩堂がくぐもった声を出した。
「全く、怠惰極まりない。既に昼近いのだぞ」
現在、朝食というよりブランチが相応しい時間。休み故、多少の寝坊は多めに見るつもりだったが、寝汚い成歩堂は放っておけば夕方まで平気で寝てしまうので容赦なく起こす。
「・・誰かさんが年甲斐もなく張り切った所為だと思うんだけど・・」
ようやく布団から顔を覗かせた成歩堂は、腫れぼったい双眸を眇め、恨みがましい声を出した。師走でお互い忙しく過ごし、二人っきりの夜は久々。成歩堂の指摘通り、真夜中を越えても離さなかった自覚は御剣にもある。
「仕方あるまい。貴様の反応が悦すぎて、制御できなかったのだから」
「いやいやいや! 何、平然と言っちゃってるんだ?!」
眉一つ動かさず、至って生真面目に宣った御剣に、成歩堂がガバリと起き上がった。陽を浴びて分かり難いが、紅潮している。
「事実を述べたまで。非難される謂われはない」
「偶にはオブラートに包めよっ」
御剣は。その意図が下世話だったり御剣達を貶めるものでない限り、二人の関係を揶揄されても動揺しない。(尤も知る者は限られているし、その少数派に御剣を突いて夜叉を出現させるようなドMは皆無)
また成歩堂にも少数派に対しても、惚気とか桃色の感想とか際疾い心情とかをまるで審理内容を述べるかのごとく堂々と淡々と披露してしまうのだ。『性欲なんてスノッブなものを持ち合わせている訳がなかろう』的な容貌から排出される赤裸々トークにダメージを受けるのは、勿論御剣以外。
特に、何年経っても何度そのようなアレを繰り返そうと初めての時と殆ど同じ反応を示す(但し、ニットモードを除く)成歩堂は、非難轟々とツッコんだ。
そして即刻、返り討ちにあった。
「フム・・今では味付きのオブラートもあるようだしな。それで包まれた成歩堂を味わうのも・・いや、それより成歩堂に味わってもらう方が面白いかもしれん」
「*+`&%#><〜!!!」
またしても鳥肌が立つ、加えて卑猥な台詞を延々生真面目な顔で語られ、成歩堂は最早赤くなったらいいのか青ざめればいいのか怒った方がいいのか分からなくなる。
声にならない抗議を上げ、とりあえず元凶を潰すべく口を塞ごうとした成歩堂の手を、御剣は逆に捕まえ。そのまま上体を倒して覆い被さった。『ぐえ』だか『ぐお』だの兎に角、色気のない悲鳴を上げた成歩堂が御剣との距離に気付き、今度は青一色となる。
「み、御剣っ!?」
「朝食前に少しだけ食したいのだが、構わないか?」
「構う! 腹が減ってるのなら、朝飯にしようって!!」
こちらは、成歩堂と同い年とは思えぬ熟成された色気を漂わせながら、さらりと銀糸を成歩堂の頬へ垂らす。成歩堂がドン引きしているのは分かっていても、御剣にしてみれば生じた情動を止める理由がない。
「却下だ。私に必要不可欠な栄養を、存分に摂取させたまえ」
「・・・バカ野郎・・」
顎のラインから耳までを形良い指で辿りつつ、相変わらず上から目線で告げれば。成歩堂が大きな溜息と共に力を抜いた。
素直ではない悪態も。仄かに染まった目元の素直さも、御剣の愛しさを募らせ。御剣は『朝食前の軽い一口』とは到底言い難い程、ガッツリ成歩堂を平らげてしまい。その後、成歩堂の機嫌を直すのに大層苦労したのである。