「成歩堂、私を愛してくれ」
切れ長の眦と玲瓏たる声に逼迫した願いを込めて、御剣は請う。
冬の女王に寵愛を受けたかのごとく怜悧に整った容貌が、高揚して仄かに血の気をのぼらせた様は妖艶としか形容できず。魂を奪う程に華麗ではあったが。
切実な懇願に、成歩堂からの返答はない。
「私から、離れないでくれ」
柳眉は哀切に寄せられ、御剣が再度慈悲を要求する。
右足を、二つとない貴重な宝であるかのごとく丁重かつ尊敬の念を露わにして捧げ持ち。その足首へ陶器に酷似した繊細なラインと滑らかさを有した唇を触れさせる。
「私の全てを捧げるから」
既に魂を奪われている為に残りは微々たるかもしれないが、永遠の隷従を誓い、対価とする。
「ああ、成歩堂。君に恋い焦がれているのだ。どうか、私を受け入れてくれ」
足首から降りてきた唇を、小さな足の爪一つ一つへ落とす御剣の双眸は、成歩堂への敬慕で陶然と染まっている。
「・・・・・っ」
くぐもった喘ぎが上方で発生し、成歩堂の右足は御剣とは逆のベクトルへ動こうと必死で試みた。が、常日頃から鍛錬を欠かさない御剣の腕は揺らぎもせず、御剣は悠々と、心行くまで咥えた指を舐めしゃぶった。
爪や指だけに留まらず、指の股をも舌で擽り、足裏の柔らかい部分を満遍なく味わう。
始めは唯々逃れたいという意志しか示さなかった藻掻きが、少しずつ、御剣の愛撫に迎合するような蠢きに変わる。
敢えて放置しておいた成歩堂の分身が、ふるりと痛々しく勃ち上がっているのを視認した御剣は、銀色の糸を口端から引きつつ、ようやく成歩堂の顔を覗き込んだ。
「ん〜〜っっ」
汗で尖る力を失った髪を横に振って、成歩堂が呻く。御剣は深く嘆息した。
「君の強情さは魅力でもあるが・・・もう今夜は、異議を聞きたくないのだ。君が首を縦に振ってくれるまで、そのままでいてもらおう」
「〜〜〜ぅ〜ッ〜!」
昂ぶりを赤裸々に晒していても。
四肢を拘束され、御剣の助けがなければ寝返り一つできなくとも。
通りの良い声を発する唇に、淫具を咬まされていても。
透明な雫を通して御剣を見据えるオニキスは、光を失っていなくて。御剣は背筋を這い上る高揚感と、いつまでたっても堕ちてきてくれない焦燥を同じだけ噛み締める。
「成歩堂。私を―――赦してくれ」
御剣は厳かに。
尊大に。
そして、どこか苦しそうに、請い。
成歩堂を『愛』で切り裂いた。
今回は、忌々しくもボールギャグの所為(お陰、ではない)で喉が潰れる事は避けられたので。
四肢に力が入るようになり、ベッドへ起き上がれるまでに回復した成歩堂は。筋肉痛と、おぞましくて口に出す事も憚られる激痛を堪えて御剣の横っ面を一発殴り(それが限界だった)、御剣を床へ正座させた。
狂乱の夜が明ければ、あのドSっぷりはどこへやら、マッチョなガタイを縮こまらせて悄然と指示に従う御剣。二重人格を疑いたくなるが、どちらにせよこの両極端さが、厄介と騒動の種。
「あのなぁ。何度も言ってるけど、その自己完結なトコ、直せよ!」
「・・・・・・」
「お前が根暗ループに嵌る度、無茶苦茶されるこっちの身にもなれ。付き合いきれないっての!」
「!!」
殊勝に抗議を拝聴していた御剣だったが、最後の一言に過剰反応した。端整な貌を青ざめさせて、乱れた銀髪の間から今にも泣き出しそうな瞳で見上げてくる。
『泣きたいのは、こっちだ』と罵声を浴びせかけたかったし。もう二・三発殴りたい位に成歩堂は怒っていたが、その憂さ晴らしをしたら成歩堂の回復は確実に先延ばしになってしまう。
それに、御剣の情けなさ過ぎる表情を見たら、脱力しか残らない。
「お前、頭は良いんだから、好い加減理解しろよ・・」
パンチの代わりに、特大の溜息を一つ。
御剣の暴走は(恐ろしい事に)今に始まった事ではないが。真性Sモードにトランスした御剣に恥辱の限りを尽くされても、成歩堂は未だこうして御剣の傍らにいる。この証拠だけで、あっさりロジックは解ける筈なのだ。
とうの昔に。
御剣が狂おしく求める赦しも、受容も、成歩堂の心―――愛も、御剣は手中にしているのだと。
それだけトラウマと、トラウマに関連して引き起こされる恐怖心が大きいのだろうが。早い所克服して『愛されていない』という自己完結の呪縛から脱却してくれないと、成歩堂の身が持たない。
「・・・まずは、紅茶をいれてくれよ。その後、御飯な。風呂にも入りたいし」
「すぐ、用意しよう」
簡単に許したら付け上がる一方なので、むっつりと不機嫌な表情を保ったまま命じると、途端に生気を取り戻した御剣がイソイソと寝室を後にする。
その、ピッと伸びた背筋を見送りながら、成歩堂は慎重に動いて少しでも楽な姿勢をとった。
「毒を喰らわば皿まで、ってこういう事か・・?」
つい、独りごちる。再会するまで15年も待った成歩堂だ。御剣に関する事なら気は長いし、御剣と匹敵する程の執着だって持っている。
どちらかといえば、『割れ鍋に綴じ蓋』かと思いつき。
その辺りでバカバカしくなって思考を放棄し、手間のかかる恋人が戻ってくるのを待つ事にした。