「成歩堂さん・・・!」
「やぁ、牙琉検事」
検事局の廊下で、ばったり出会った響也と成歩堂。
今日ここへ来る事自体は知っていたけれど、『極秘任務』が多い恋人は、詳しい予定を最後まで教えてくれなかった。
だからこの偶然の遭遇は、自分の想いの深さの現れだと響也は確信していた。
響也ほど出会いに感動した様子を、恥ずかしがって(とは響也の決め付けだが)見せない成歩堂は。
ふいと視線を響也の顔から下へ反らし。
へぇ、と幾分興味を引かれた声を出した。
「それ、似合うね」
「え・・?」
天才検事と名高い響也だが、誉められたのだと気付くまで1秒もかかった。
恥ずかしがり屋(あくまで響也の思い込み)の恋人は、滅多に褒めてくれないものだから、珍しさと嬉しさに固まるのも無理なからぬ事。
途端バクバクしはじめた鼓動を宥めつつ、視線を辿れば―――そこには、その手のものにしては鮮やかな色彩の風呂敷。
「そんな柄の風呂敷、初めてみたよ。今は色んな種類があるんだねぇ」
検事は職業上証拠物品を持ち歩く事が多く、また証拠物品は形状が多岐に渡るので、鞄より順応性の高い風呂敷を使用する。
大抵の検事はオーソドックスなタイプで済ませているのに、響也がぶら下げていたそれはかなり意匠が独特で、成歩堂の目を引いたらしい。
「ああ。これは・・・兄貴が、買ってくれたんだ。『これなら少しは我慢できるでしょう』って言ってね」
一瞬言い淀んだものの、その後はいつもと変わらぬ調子で続けた響也。
最近は成歩堂の前でも、少しずつ兄・霧人の名を出せるようになってきた。
当初響也は成歩堂を慮って、霧人の存在を会話からも態度からも隠蔽するという涙ぐましい努力を重ねていたのだ。
しかし成歩堂と響也の接点は殆どが霧人絡み故に、霧人を排除するのは不自然極まりないし、おかしな状態になってしまう。
それでも、懸命に努力し続ける響也を見るに見兼ねてか。
『牙琉との事は、もう決着が着いてるんだよ』
成歩堂は、そう告げた。
あの口元だけで作る笑みを消し、ちゃんと響也の双眸を覗き込みながらの台詞だったから。
これ以上響也が意識するのは、かえって成歩堂に失礼だと考えたのだ。
かといって、響也自身が霧人に拘りがあるものだから、そうそう話題に取り上げられる訳でもない。
が、こんな場面で霧人の思い出を語れる位までには、改善した。
成歩堂の促しで響也は、兄としての霧人まで憎まなくてよいのだと思えるようになった。それもこれも、目の前にダレた格好で立っている、野良猫みたいな恋人のおかげだ。
「兄貴の美意識にかなった、数少ないアイテムなんだ」
若木色の布に、明るい金糸と落ち着いた紫紺をメインにした刺繍の風呂敷は、響也の金髪と瑞々しい生命力を引き立てこそすれ、くすませたりしない。
「アイツ、センスは悪くなかったもんなぁ・・・」
微妙に一部を強調していたが、成歩堂の表情に否定的なものはなくて。
響也は、極普通に霧人の事を話してくれる成歩堂に、例のごとく甘酸っぱいものが込み上げてくるのを覚えた。
―――今や、両親ですら、霧人を連想するものを頑なに避けている。
「・・成歩堂さん」
素早く周囲にチェックを入れ、何気なく成歩堂を手招く。
「何だい・・・っ!?」
野良猫のくせに時々無防備な成歩堂の顎を掬い、響也は小さな音を立ててキスを贈った。
「牙琉検事!」
普段のダルダルな動きからは想像できない俊敏さで後退るのを、敢えて止めず逃がす。
「どういう、つもりかな・・?」
手の甲で口元を押さえ、やや険のある目付きで咎められたが、響也は陽気にパチンと長い指を鳴らしてみせた。
序でに口笛も吹きたい位、ご機嫌だった。
「抜かりはないよ。誰もいないさ」
成歩堂も見回して響也の言う通り目撃者がいない事を確認したが、小言は止まらない。
「TPOが問題なんだよ。見られてないからって、こんな場所で・・っ」
平常時より16分の1ビート、早い話し方と。
ニット帽を引き下げて隠そうとする目の縁がうっすら紅く染まっているのを、目敏く発見してしまった響也は。
『何て恥ずかしがり屋で、素直じゃなくて、凶悪に可愛いんだ!』
と、擦れた振りをしている成歩堂の、安易には見せてくれない擦れてない部分に脳内をピンク色に沸かし、成歩堂を抱き締めてキスしたい衝動を抑えるのに、理性を総動員させていた。
これから審理が入っていなければ、風呂敷と一緒に小脇に抱えて連れ帰っていただろう。
流石にそれは、実現不可能なので。(成歩堂に怒られるので)
「今夜は、ボルハチが休みの日だよね? 後で、ウチに来てくれないかい・・?」
妥協して、ファンには抜群に受ける甘い甘い声で、成歩堂にしか向けない情熱を込めて誘う。
「・・・暇だったらね」
相変わらずツレナイ返事ではあったけれど。
目尻の朱が耳朶と首筋にまで広がってきていたので、響也は大いに期待した。
期待通り、夜も大分更けた頃に成歩堂は来てくれた・・・・・が。
「御剣は絶対自分じゃ持たなくて、糸鋸さんが2つも3つも抱えて、後から着いていったんだよねぇ。あ、そうそう。ゴドーさんの風呂敷も、珍しい珈琲染めでね。自分で染めたんだって! その後『コネコちゃんも、俺色に染めてやろうか?』なんて、意味不明なコト言ってたなぁ・・」
「・・・・・」
恥ずかしがり屋でも。
33歳にして、激烈に可愛くとも。
なかなか主導権を渡してくれない、年上の恋人は。
響也がどうしてもライバル視してしまう人物ばかりを、話題に出し。
響也が音を上げて、『検事局の廊下』では絶対に不埒な真似をしないと謝るまで、そのイジメは続いたのである。