青春立心偏シリーズ:3

ラブラブペナルティ




「この間、聞かせようと思ってたんだけどね」
「・・・牙琉検事って、ギター弾きじゃなかったっけ?」
 ポーン、と成歩堂なんでも事務所に、可愛らしいみぬきの声や、元気だけは良い王泥喜の発声練習や、成歩堂の怠そうな溜息以外の音が響く。
「確かにギタリストだけど。作曲の時は、ピアノが多いよ」
 放置されていたピアノが、久々に旋律を奏でる。
「へぇ、羨ましいね。ピアノの才能、僕に分けて欲しいなぁ」
 自称ピアニストが実は碌にピアノが弾けないと知った時は、響也もそのハッタリ振りに絶句したものだ。
「成歩堂さんなら、いつでも個人レッスンを引き受けるけど?」
 爽やかなアイドルスマイルを一層キラキラさせて、椅子の空いている部分を指し示す。あらゆるチャンスを、最大限に利用するつもりで。
「あっはっはっ、高くつきそうだから、遠慮した方が良さそうだね」
 成歩堂は得意な胡散臭い笑みで誘いをするりと躱して、ソファに腰掛けた。
「っていうか、素人の僕が聞いても善し悪しは分からないと思うんだけど。みぬきかオドロキくんが帰ってくるまで、待ってれば?」
 新曲の感想を聞かせて欲しいと事務所を訪れたのは、半分は成歩堂に会う為の口実ではあるが。残りの半分は、成歩堂でなければならない理由がちゃんと存在する。
「まずは、成歩堂さんの意見を聞いてみたいんだよ」
 調律を終えて―――意外に音はあっていた―――響也は、もう一度成歩堂へ笑いかけた。鼓動の高まりを、押し隠しながら。
「ふぅん。まぁ、いいけど」
 ポリ、と成歩堂がニット帽の下に押し込まれた髪を掻いたのを合図に、響也は鍵盤へ指を滑らせた。




「切ないけど、素敵な歌だね」
 聞き終わった成歩堂は、珍しく率直に誉めた。
 変に飾り立てたりしない歌詞で、『振り向いて貰えないけれど想う事を止められない』恋心を綴ったスローバラード。甘く柔らかい響也の声とも、合っていて。
「気に入ってくれたかい?」
「うん。ラブラブペナルティより、いいんじゃない?」
「・・・ギルティだよ、成歩堂さん・・」
 わざと間違えているのかと疑いたくなるボケっぷりに、響也は脱力したものの。成歩堂が新曲に好印象を持ってくれたのは、間違いないようだ。ほっと、安堵の息を吐く。
「嬉しいよ。・・・アナタに捧げる歌だから、さ」
「・・・・え?」
「成歩堂さんの事を考えてたら、自然とフレーズが浮かんできたんだよね。自分でも、イイのができたと思ってるんだ☆」
 一ヶ月後にはリリースされる予定で、その時はCDをプレゼントするよと響也が続けていたが、成歩堂はまともに聞いていなかった。最初の部分で、固まっていた。
 今聞いたラヴソングは、誰に捧げるものだと響也は言ったのか・・・?呆然としたまま、ノロノロと響也を見遣れば。熱くて真摯な眼差しが、揺らぐ事なく成歩堂を射貫いている。
「っ!」
 その瞬間。
 さっと、成歩堂の目元と耳朶に、朱が散った。
「成歩堂、さん・・?」
 動揺したのは、成歩堂。そして驚愕したのは、響也の方。
 まさかこんな風に、あの飄々としている成歩堂が羞じらう様を晒すとは、想像もしていなかったので。
 いつものように気怠く、『そういうのは、可愛い女の子にやってあげなよ。あ、勿論みぬき以外のね』などと、軽くあしらわれて終わりだろうとと思っていた。
「いや、出来はともかく。ガリューウェーブのカラーとは違うから、止めた方がイイんじゃないかな?」
 数瞬の沈黙の後で発せられた声に、周章は残っていなかったが。如何せん、仄かな赤みまでは消せていなかった。
「ガリューウェーブの新境地だよ。インスパイアしてくれて、ありがとう。成歩堂さん」
 ピアノからソファへ移動し、成歩堂の隣へ座る。少し身体が揺れたのは、反射的に逃げかけた肉体の反応を、意志で留めたのだろう。
 悔しい程、経験値の高い成歩堂でも。今、響也はつけ込める隙を見付けた。
 触れる事は許されていないから。まだ、触れられる立場にはないから。
 身体を限界まで寄せ、そこで囁く。
「『君に恋い焦がれてる』」
 それは、歌詞の一部。
「『君への想いは、募るばかり』」
 数々の女の子を失神させてきた、高く評価されている美声を惜しげもなく、ただ成歩堂の為だけに溢れる想いを込めて紡ぐ。
「『いつか、振り向いてくれる日まで、諦めたりはしない』―――成歩堂さん」
 最後に加えたのは、歌詞にはないけれど一番歌い上げたい、言葉。
「・・・口説く相手を、間違えてるみたいだね」
 やはり素っ気なく成歩堂は返したが。その耳朶は先程以上に朱く色付いており。
 響也は予想外の効果に、上機嫌で事務所を辞したのであった。




 ガリューウェーブ初のラヴバラードは、大ヒットとなり。
 至る所で流されるその曲に、すっかり閉口した成歩堂といえば。
 ガリューウェーブファンのみぬきにCD禁止令を出す事もできず、沈静化するまで、ナラズモの間に籠もる羽目に陥った。