呆れる程の、長期戦。
どれだけ時間がかかっても。
どんな事をしても。
たった一つの『青』を、手に入れたい。
「これも美味しいよ」
「・・ん? ん、ありがと・・」
涼やかな色彩のカクテルを目の前に差し出せば、成歩堂は少し間をあけた後で頷き、両手で受け取った。
その、年上なのにどこか幼い仕草といい。
頬も、首筋も、ネクタイを外した襟足も、ほんのり桜色に染まっている様といい。
法廷では誰をも射竦める強さをもっているのに、潤んでぼんやりとし始めた黒瞳といい。
アルコール以上に、響也を酩酊させる。
うっすら開く濡れた口唇に己のそれを重ねて味わいたい情動は、膨れ上がる一方で。
しかし、焦りと油断は禁物。
ようやく掴んだ、千載一遇のチャンスなのだ。何年も待ったのだから、数分を惜しんで一生後悔なんてしたくない。
コクリ、と白い喉が動く。
ゴクリと、無意識に喉が鳴る。
そろそろ、一番最初のカクテルに混ぜたクスリが効いてくる筈だ。副作用、後遺症なしの極々弱い媚薬。
きっかけが、欲しいだけ。
自分に向けられる好意には恐ろしく鈍感な成歩堂に、正面きって告白してもまず受け入れてもらえない事は明白で。
男同士という事に、偏見がなかったとしても。
響也は成歩堂よりだいぶ年下で、しかもつい先日ようやく成人したばかり。成歩堂の有する『常識』では、恋愛対象から除外されてしまう。
故に、こんな手段しか残されていなかった。
「ねぇ、美味しいかい?成歩堂さん」
「・・う・・ん・・・」
成歩堂と呑むのが初めてでも、酒に弱い事は調査済み。露骨なスクリュードライバーは避けたが、口当たりが良くて、甘めで、勿論アルコール度数が高いカクテルを数杯勧めた。
成歩堂自身は気付いてないだろうが、おそらくもう、立ち上がるのもままならない筈。
待ち望んだ刻まで、僅か三十p。
「僕にも、お裾分けしてよ」
そして、響也は第一歩を踏み出した。
とろりと溶けて、響也の愛撫に華開く身体。
微かな音量なのに、聴覚から脳髄まで響く声音。
初めてだというのに、快楽に弱くて素直すぎる反応を返してくる姿にくらくらしたが。
途中で酔いとクスリがきれて、状況を把握した時の成歩堂の動揺っぷりも、酷く響也を惹き付けた。
戸惑い、恥じらい、狼狽しても、一度暴かれた官能を抑える事はできなかったらしく(響也もさせなかった)、意識を保ったまま愉悦に溺れるのもツボで。
畢竟、成歩堂なら何でも良いという結果が出た。
第二歩は、成歩堂の捕獲。
あの夜以来、成歩堂はずっと響也を避け続けている。その対応も予測済みだったから、しばらくはアクションを起こさなかったものの。
そろそろ、頃合。
カツン、カツン、ジャラ、とブーツやアクセサリーが歩みにあわせてリズムと音を刻む。
まるで、カウントダウン。
昂揚、していく。
脈拍が早くなって、喉が渇いて、身の内が熱くなる。
酩酊感に襲われる。
そう、滅茶苦茶に酔っている。
成歩堂という存在に。
きっと、醒める日は来ない。
煩悶しているのが丸分かりの、成歩堂。ちょっぴりビリジアンだ。
自然と口の端が上がる。
嬉しくて、楽しくて。
どんなフレーズで、愛を紡ごう。
*おまけ*
「あの、響也くん。もう少し離れてくれないかな・・」
「んん? 成歩堂さんへの想いをシャウトしていいのかい? 僕は一向に構わないけど、隣近所に聞こえるかもね」
「いやいや、それは困る!」
高級マンションだから、防音はばっちりだ。練習も自宅で行っているし。だが安普請に住んでいるらしい成歩堂は、思い切り真に受けた。
愛の言葉を囁かれるのも恥ずかしいが、口説かれている事を知られるのはもっと恥ずかしくて、更に響也の立場上マズいと考えているのがデカデカと顔に書いてある。
法廷ならともかく、普段の成歩堂は非常に分かりやすくて都合がいい。
「話し合うって、約束したよね・・?」
利用できるものは全部利用して、付け込めるだけ付け込んで。成歩堂だけにとっての『悪い男』になりたい。
「そ、それは・・」
「ねぇ、成歩堂さん。残念ながら覚えてないみたいだけど、あの夜もちゃんと言ったんだよ? こうしながら―――」
爽やかとはいえないボディタッチと、際どい台詞を連発しての『思い出の一夜』再現で成歩堂を混乱させ。
狙い通り、響也は成歩堂攻略に成功した。