響ナル

Prayerful kiss




 若気の至り。
 その言葉で大凡の事は免罪されるのが、若者の特権である。
 早く早く『釣り合うような』大人になりたいと常日頃から願い、努力する響也だったが。時折愛故に暴走してしまうのもまた、若気の至り。




 正攻法ばかりが道じゃない、と己に言い聞かせて企てた今回の作戦―――ズバリ、成歩堂を酔わせて仲を進展させよう―――は、それなりに資金と下準備と根回しが必要だった。
 まず、みぬきと真宵と春美のスケジュールをさりげなく確認する。もっと慎重になりながら、御剣検事に極秘任務の有無を探った。次に、ファッション街に程近いシティホテルで開催されるマジックショーのチケットを手に入れる。ホテルのバウチャー券付きで。
 響也の知名度と人脈があれば、ここまでは楽勝。
 障害の排除も、大事だ。御剣検事のスケジュールは空白を探す事の方が難しいものの、念には念を入れ、出張期間を選び。あらゆる意味で好敵手かつ決して負けたくないルーキー弁護士には、担当検事を上手く誘導して、ツノが萎れる程煩雑な案件を回しておいた。
 後は微調整を重ねつつ、最適なタイミングで計画を実行。『知り合いから貰ったんだけど、このチケットは僕より君に相応しいんじゃないかな』とアイドルモードでキラキラ笑顔を手向ければ、可愛いみぬきは二重の意味で喜んでくれた。
 仲良し三人娘が、ショッピングもガールズトークもできる機会を見逃す筈はない。真宵と春美は遠距離をものともせず、修行が・・と渋る綾里の者を言いくるめて上京したらしい。
 最大の懸念―――成歩堂の親バカっぷりといったら、親娘の情と分かっていても妬いてしまう位だ―――をクリアした響也は。間髪入れず、成歩堂の夜がフリーだと御剣や王泥喜達に知られる前に約束を取り付けた。
 実の所、難関度でいえばここが最難関。食事に誘う事は、簡単。余計な思惑さえ透けていない限り、一食浮いてラッキーとばかり着いてくる。
 しかしその先、飲みに誘ったり自宅へ連れ込もうとすると、成功率がガクリと下がる。警戒しているというより、面倒臭いのだろう。こうして、響也のマンションで酒を酌み交わせるのは、運命の女神が味方してくれたと言っても過言ではなかろう。
「次は、あのレースヒラヒラにしたいなぁ・・」
「じゃあ、デザイン画も頼んでおきますよ」
「ありがとう、響也くん。何から何まですまないねぇ」
 時代がかった物言いをした成歩堂が、響也の肩へ寄り掛かる。成歩堂の顔が赤いのはアルコールの所為だけれど、響也の肌が色味を増しているのは好きな人から触れられた喜びから。
 ミュージシャンをやっててよかった!!と、心の中でハレルヤを歌い上げていたりする。
 珍しく、本当に珍しく持ち掛けられた相談が、この幸運の切っ掛け。成歩堂曰く、みぬきの誕生日にステージ衣装をプレゼントしたいが、オーダーメイドのできる人もしくは店を知らないか、と。
 職業(ミュージシャンの方)柄、スタイリストや『美術さん』の知り合いは多い。衣装を作ってもらう事もある。そんな訳で、響也は成歩堂のリクエストにバッチリ応えられるのだ!
 『お願い』の内容が、みぬきに関する事なのはグサグサ妬心を刺激しても。成歩堂の公私に渡るパートナーを目標とするならアイドルスマイルでスマートに隠して、さりげなく且つ完璧に応えるのが先決。
 コネを使いまくり、愛想を振りまき、響也は奔走した。魅力と人気のフル活用の結果、みぬきが喜んでくれそうな衣装が出来上がり、しかもグレープジュースの本数まで減らして貯めた成歩堂の予算内に収まったのである。
 みぬきには労苦を惜しまない成歩堂故、協力してくれた響也を粗雑に扱ったりはせず(『次』の事を考えての対応かもしれないが)、宅飲みしようとの言葉へ比較的あっさり頷いた。
 経過や、裏工作や、手間暇はともあれ。
 テリトリーへ邪魔者抜きで導き入れ、理性や思考を鈍らせるアルコールを摂取させたらこっちのもの。あわよくば手を握るか。抱き締めるか。柔らかそうな頬を撫でるか。少し位、成歩堂との物質的な距離を縮めたい。
 不純なのか純粋なのかグレーゾーンな懊悩に促され、そっと腰へ腕を廻す。年端も行かない頃から、蠱惑的な曲線美と接してきた響也だが、ほんのり柔らかくて芯の硬いウエストを抱えている今が、一番高揚した。
「成歩堂さんの為だったら、幾らでも」
 最も色艶があると言われているトーンで、想いを込めて囁きかける。
 大本が親バカのなせる技でも、響也を動かしたのは成歩堂に喜んでもらいたかったから。利用されても、役に立つのならそれだけで報われるし。何かあった時、最初に頼られる人間になりたいと思っている。
「響也くんはやさしいねぇー」
「それも、成歩堂さんだけだから」
 いつも気怠げに伏せられている双眸が、今は眠たそうに半分閉じられ。響也へかかる体重が段々増えてくる。意識は殆ど夢の中に入っているから、響也の言葉はどれ位届き、幾つ残るのか。
 ゆっくりでも、成歩堂の内に積もってくれたら。
 いつか溢れ、その存在に気付いてくれたら。
 切ない程の祈りと共に、響也はニット帽の上からキスをした。