響ナル

この一時の為に




 8畳の和室は本棚がぎっしり並んでいて、少し狭く感じる。他にも所以が分からない物体というかガラクタ―――大抵がみぬきからのプレゼントらしい―――が幾つもあって、全体的に雑然とした雰囲気だった。
 しかし響也は、その部屋を気に入っていた。その部屋に入れる事が、嬉しかった。
 理由は1つ。
「お待たせ。出涸らしだけど、どうぞ」
「成歩堂さんがいれてくれたなら、甘露に決まってるさ☆」
「あはは。新年早々、面白い冗談だね」
 ここが、成歩堂の私室だから。数年前に引っ越した平屋へ招かれるのも喜びだが、みぬきの部屋には立ち入りを禁止されているし、もう1つの空き部屋には頼まれても入りたくない。いつか、王泥喜が住むと聞かされて以来。
 成歩堂に懸想しているのが丸分かりの王泥喜が同じ事務所に所属している事自体、認めがたいのに。こっそり王泥喜の事情を教えられていても、1つ屋根の下で暮らすなんて、想像するだけで声を限りにシャウトしたくなる。
「本気だよ。年始だろうが年末だろうが、この先ずっと」
「・・・若いなぁ・・」
 妬心や不安を隠し、気障な台詞を真剣な表情で語る響也に成歩堂は呆れたように肩を竦めて遣り過ごしていたけれど。その耳朶がほんのり赤くなっているのを響也は見逃さず、座った成歩堂の隣へ躙り寄った。
「き、響也くん?」
 近寄った分だけ離れようとする成歩堂。だが響也の長い腕がすかさず腰へ廻り、ぎゅっと抱き竦めた。
「ああ、成歩堂さんだ・・」
 一応、成歩堂の恋人という位置にいても。12月なんて、恋人らしい時間は殆ど確保できなかった。揺らぐ回数は、多すぎて。成歩堂を腕の中に収めてようやく、可笑しいかもしれないが新しいスタートを実感する。
「大きな溜息だね」
「慌ただしかったから」
 しばらく身を固くしていた成歩堂が、ふっと力を抜き。柔らかく響也の背中を撫でる。ステイタスやネームバリューの関係で響也が過密スケジュールな年末年始を送っていた事を知っているのだろう。
 検事業1本に絞ったとはいえ、ミュージシャンとしての響也を欲する声は今なお根強く。厳選してもかなりの数に上った。これからは、もっと減らしていくつもりだ。恋人との逢瀬もままならないなんて、許容できる事ではない。
「お疲れさま」
 普段、ツンというか素っ気ない態度の多い成歩堂が、響也のメンタルを察知して労ってくれるから。みぬきと王泥喜と心音が連れ立って初詣に行き、成歩堂だけになった家へ響也を招いてくれるから。温かい肢体を、響也へ預けてくれるから。
 こんな一時があるからこそ、響也は走り続けられるのだ。
「ずっと、こうしていたいな・・」
 尤も本音としては、24時間365日愛しい人と一緒にいたい。想いが伝わった事は奇跡に近いが、恋人になれば今度は繋がりを堅固なものにしたいと欲が出てしまう。成歩堂の為なら幾らでも実力以上を発揮できる一方、離れている時間が長いと格段に気力が萎れる。
 毛先まで丁寧にスタイリングされた髪をグリグリ成歩堂のシャツへ押し付ける響也の事を、成歩堂は時々『甘えたな大型犬みたいだね』と揶揄する。
 纏わりつくし、構ってもらわないと拗ねるし、舐めるし甘噛みするしマーキングもマウンティングもするし・・・と、響也もちょっとばかり自覚があるので反論しない。それ所か、犬モードの響也には成歩堂が比較的優しい態度になる為、かなりの頻度で利用させてもらっている。 
「まぁ、大したお持て成しはできないけど、夕方までゆっくりしていってよ」
 声音と表情をダウナーにして成歩堂を見詰めると、やはり成歩堂からツンではない反応が返ってきた。現在は、まだ初日の出が昇ったばかりの時刻。
 みぬきへこっそり『思う存分楽しんできて』とのメールを送信済み―――ある意味、みぬきの信頼と協力を得るのは成歩堂を陥落するのと同じ位、大変だった―――なので、半日以上は成歩堂と2人きりという計算になる。
「ボクが持て成すから、大丈夫♪」
「え?」
「でも、ゆっくりなんてできないよ」
「え? うわっ!?」
 ポスン、と柔らかいクッションの上へ成歩堂を転がし。真上から至近距離で覗き込んだ響也は、キラキラアイドルスマイルと名高かった笑みを浮かべた。老若男女問わず魅了した笑顔にもかかわらず、成歩堂は思いきり頬を引き攣らせている。
「今年初めてのセレナーデ、情熱的に奏でようね」
「却下ぁっ――ァッ!」
 そして、響也は新年初のご馳走に有り付いた。