青春立心偏シリーズ:1.5

青年の主張




「成歩堂龍一、話があるんだ」
 キラキラジャラジャラのステージ衣装から、ヴェルサーチのスーツに着替えてやってきた響也だったが、派手さは増したような気がする。
「・・・まぁ、どうぞ。グレープジュースしかないけど」
 響也の訪問で起こされた成歩堂は迸る『有名人オーラ』が眩しくて目を瞬かせながら、ソファを勧めた。くぁ、と大きな欠伸付きで。
「睡眠の邪魔をして悪かったね。出直した方がいいかな?」
「昼寝してただけだから、気にしなくていいよ」
 昼行灯らしい答えを返した成歩堂だったが、響也は知っている。成歩堂が『極秘任務』で、重要かつ煩雑な仕事を引き受けている事。ボルハチの仕事や、娘の世話や、王泥喜の指導なども変わりなく続けている為、存外に忙しい事を。
 前者は検事局から、後者は王泥喜から仕入れ、両方の情報をつき合わせて成歩堂の行動をスケジュール化してみれば、見た目に反してニートとは程遠い。
 きっりち裏返しになっているが、マジック道具に混じってテーブルの一角を占めているのは『極秘任務』の書類の筈。昼寝も、連日の多忙さから来る転た寝だろう。
 不思議なもので。
 一つ真実に気付くと、今までは見えなかった、いや見えているのに見ようとしなかった事柄が鮮明に視界へ飛び込んでくる。そしてその都度、開眼の切っ掛けになった者への想いが募るのだ。
「で、何の用事かな? 王泥喜くんは裁判所だよ」
 ソファに座り、話し出すタイミングを計っていたら、成歩堂から何とも気の抜ける話題が持ち出される。法廷で対決する割合が多い上、成歩堂の情報を入手するのに響也から接触するのを『仲良し』だと勘違いされているようなのだ。
 王泥喜と年が近い事もあって、友達になってくれればとの成歩堂の『親心』は理解できないでもないが、響也が身も心も仲良くしたいのは成歩堂なので、その辺りも含めて早めにはっきりさせておかなければならない。
「オデコくんは、関係ないんだ。ボクが会いに来たのは、成歩堂・・さん、だからね」
 『アンタ』呼ばわりやフルネームでしか名を口にしてこなかった所為か、名字で話しかけるという何の変哲もない事が、響也には第一の関門だった。心の中や夢の中では、名前でだってすんなり囁けるのに。
「ふぅん、珍しいね。言っとくけど、お金はないし。みぬきとの付き合いも、絶対、認めないから」
 それで成歩堂が手に入るのなら、同世代と比べてかなりな額に違いない全財産を貢いでも構わないし、付き合いを認めてもらいたいのは、娘ではなく成歩堂本人との。
 喉元までこみ上げてきた想いをぶちまけたいのをぐっと堪えて、一呼吸置く。響也は、本気だからこそきちんとした手順を踏みたかった。
「お金の無心に来た訳でも、お嬢ちゃんの事でもないよ」
 耳元で、己の鼓動が煩く鳴り響いている。
 法廷に立つ時にも、ステージが始まる時にも覚えた事のない種類の緊張で指先が震える。何故緊張するのかなんて、嫌という程分かっている。法廷などと違って、『自信』が全くないからだ。
「成歩堂さん、好きなんだ。ボクと付き合ってくれないかい?」
「・・・・・は?」
 さんざん浮き名を流した響也だが、実の所自分から告白するのは初めてで、どうしたらよいものか悩んだ。それでも一所懸命に考え、結局シンプルに、しかし誤解される余地がないように想いを伝える事にしたものの。半ば覚悟はしていたものの。
 相手―成歩堂の反応は、見事なまで芳しくなかった。
 ぽかんと口を開け。半眼モードも忘れてパチクリと目を見開き。飲もうと傾けていたグレープジュースの瓶から、ポタポタと液が垂れている事にも気付かないまま硬直して。
「成歩堂さん、ジュースが零れてるよ」
「あ、ああ・・ホントだ・・勿体ない」
 ちょっぴり間抜けな表情すら、滅多に拝めないレアさから可愛いとの感想を抱いてしまう重症さにこそ溜息をつきながら、床の被害が広がらない内に指摘する。
 声をかけられた成歩堂は夢から覚めたように頭を振り、その後ようやく瓶を見遣って情けなく呻いた。慌てて床を拭うも、身を起こした段階で響也と視線が合い、一時無理矢理忘却していた現状が思い起こされたのか気まずげにニット帽の位置を直す。
「えーと、もう一度言ってくれな・・・くていいや。牙琉検事は、どこに付き合って欲しいのかな?」
 衝撃の告白を二度は聞きたくないとの意志を表し、成歩堂が冗談に紛らわしてしまおうとするのを許さず、響也はファンを失神させた事もある極上の笑顔で対峙した。
「成歩堂さんがOKしてくれるのなら、今すぐにでもベッドへ行きたいね」
「あっはっはっ、昼間にはふさわしくない話題だねぇ」
 白々しい笑いを漏らした成歩堂だが、蟀谷の冷や汗を響也は見逃さなかった。攻勢をかけるのなら、まさに今だ。
「なら今夜、ベッドの上で改めて話してもいいよ?」
「いやいやいや、ちょっと待った!」
 物質的な距離を狭めて『夜』用の表情で迫れば、同じ分だけ後退する。
「そういうゲームは、若くて可愛い女の子とやるべきじゃないかな? 相手を間違えてると思うんだよね」
「遊びじゃないし、成歩堂さんが好きだから、成歩堂さんが欲しいんだ」
「・・・・・・」
 万人向けの微笑みを浮かべながら、人生の先輩として教え諭すような口調で精神的な距離も置こうとするけれど、響也は真剣である事とその対象が成歩堂である事を繰り返し主張して有耶無耶にはさせなかった。
「成歩堂さんに受け入れてもらえるよう、これから誠心誠意口説いていくよ。よろしくね」
「いやいや、よろしくって言われても・・」
「じゃあ、今日はこれで失礼するよ。ゆっくり昼寝したらどうだい? 僕の夢でも見ながら」
 最後に他の者がやったら陳腐にしかならないウィンクを決めて、響也は颯爽と事務所を去っていってしまった。



「そんな事言われたら、寝られる訳ないじゃないか・・・」
 まだ衝撃から立ち直れない成歩堂を、残して。



 先制攻撃は、なかなか上手くいった。
 男同士という事で、嫌悪も露わに拒絶反応を示されなかったのだから、それだけでも十二分な成果があったと言えよう。
 しかし、次回からはこう順調に進まない事も分かっている。
 男から、しかもかなり年下で、因縁のある霧人の弟からの告白に動揺した成歩堂だけれど、すぐに体勢を立て直してのらりくらりと響也を躱そうとするに違いない。
 本当の戦いは、ここから。
 成歩堂に告げたように、成歩堂への想いはゲームではない。
 成歩堂からどんな答えが返ってこようと、響也に諦める気はさらさらなかった。