久々の、完璧に満たされた眠りだった。
長く続いた、二種類の仕事漬けからようやく解放され。なかなか会えない想い人を懇願するように説き伏せて自宅へ招き、寝不足などすっかり忘れて夜が明けるまで熱い情事に耽り。先に意識を失った成歩堂を腕の中に抱き締めて瞼を閉じれば。
夢も見ず、ただ幸せな心持ちに身も心も浸る事ができた。
「・・・ん・・」
微かな、甘い香り。グレープジュースの匂いに似ていた。肌に感じる、心安らぐ温もりと確かな質量。脳がまだ覚醒していなくても、響也の本能は愛おしさを沸き上がらせて一層密着した。
「響也くん、苦しいよ・・」
寝起きで力が加減できなかったのか、ぐぅっ、と籠もった呻き声と共に成歩堂が目覚める。
「ああ、ごめんごめん。嬉しくてさ」
ゆっくり瞼を開ければ、目覚めた筈なのに半分閉じた成歩堂の瞳がすぐ近くに。恨めしげな視線を和らげるべく、響也はキラキラアイドルスマイルより何倍も輝く笑みを炸裂させた。
「成歩堂さんが側にいるなんて、最高の朝だからね」
「・・・もう昼近いから」
普段から愛想がよい響也の笑顔は珍しくなくても、成歩堂へ向けられるそれは特別で。半眼が更に細まったのは、眩しさと照れからだろう。尤も、素直に吐露する成歩堂ではなく、素っ気ない口調で流してみせた。
「一緒に居られるなら、昼でも夜でも構わないのさ」
しかし響也もまた、成歩堂のツンには慣れっこだったのでメゲずに頬へ口付け、腰に回していた手をするりと滑らかなラインに沿って下ろしていく。
「ちょっと、響也くん。もう無理だか――ッッ!!」
「ええっ?!」
妖しげな雰囲気に、成歩堂が釘を刺そうとした刹那。
成歩堂も響也も、驚愕の面持ちで跳ね起きた。
「な、成歩堂さんっ、コレどうしたんだい?!」
「聞きたいのは、こっちだよ! 何でこんなモノが!!」
「うわ、耳まで・・!」
「ぇええ!?」
起きた事によって二人の間に距離ができ。改めて成歩堂の姿を見た響也がますます驚きを深めながら、目の当たりにしても俄には信じがたい衝撃の事実を告げれば。普段のダルダルさはどこへやら、成歩堂は洗面所へと駆けていった。
「成歩堂さん、出ておいでよ」
「・・・・・・」
成歩堂に猫耳と尻尾がついている事を発見してから、一時間後。成歩堂は羽布団をすっぽり被ってプチ籠城していた。
摩訶不思議な現象の原因は、あっさり判明した。昨日事務所へ遊びに来た真宵が、お土産の中にうっかり綾里の秘薬―――動物に擬態化するもの―――を紛れ込ませてしまったのだ。
『どうしたらそんなウッカリが起こるんだよ!?』とのツッコミに、『ごめーん。でも、すぐ治るから心配ないよナルホドくんv』と極めて明るく返されたら、怒りも中折れ。こんな格好では外へも出られない、というより出たくなくて不貞寝を決め込んだ成歩堂。
「ブラッシングしてあげるからさ」
「・・・・・・」
一方、響也は。もう一度猫化成歩堂をじっくり見たくて、その後はたっぷり撫でたくて仕方ない。一瞬触った尻尾はベルベットみたいに滑らかで柔らかくて、茶虎の模様が気紛れでつれない恋人にはよく似合っていたと思う。
写メして、ありとあらゆる記憶媒体への永久保存は必須。耳や尻尾を優しくマッサージしたら、ツンの割合が多い成歩堂でも擦り寄ってくれるだろうか。
「喉、乾いてない? グレープジュースあるよ」
「・・・・・・」
モソ、と盛り上がりが少し動いたものの、出てくる気配はない。
無理矢理布団を剥ぐなんて事は考えもしない響也は、ただただラヴバラードを奏でるかのごとく甘く切なく成歩堂へ声を掛け。なかなか懐いてくれない野良猫がデレる時を、辛抱強く待ち続けたのだった。
結果は、厳重にロックのかかった携帯だけが知っている。