どこまでなら、許される?
求愛ダンスを踊るように。
響也は、事ある毎に成歩堂との距離を測る。受け入れてもらえる範囲を、確認する。
手を握るのはOKでも、指を絡めるのはNGとか。一週間かけて、隣に座った時の空間を10p縮めたり。今日日の中学生、いやもしかしたら小学生でもやらないウブで、慎重で、長期戦覚悟のアプローチではあるが。
超多忙といってもよい響也は検事としてのスケジュールをやり繰りしてはバイクで駆け付け、みぬきを味方につけ、王泥喜から情報を引き出し、と取り得る措置を片っ端から講じて成歩堂攻略に努めた。
恋愛で苦労した覚えのない響也だけに、時折焦れったくなる事もある。しかし、以前箍が外れてソファに押し倒したら、成歩堂は抵抗する所かいたって冷ややかな双眸で響也を見上げ。
「それで、牙琉検事の気が済むのなら」
と口元だけで笑みを造ったのである。こんな対応をとられては、上がりきった血も一気に凍り付くというものだ。即座に平謝りをし、事務所への立ち入り禁止は一週間で許してもらえたけれど、それ以来成歩堂の意志を無視した行動は一切しない。
『まぁ、どうでも』がスタンスの成歩堂は、他人の、己への態度には無頓着な方だ。何をされようと開けっ広げに受け流すか、もしくはスルーに見せ掛けた拒絶か。この観点からすると、響也の動向に幾分警戒心を持っているだけ、まだマシだと考えられる。
恋心故にアプローチしているのに、その他大勢と同列の扱いをされたら、響也とて望みがない事を悟らざるを得ない。よりによって『成歩堂を口説く』と堂々宣言した上で、響也が近付いてくるものだから、どんな行動に出るのか窺っている、といったレベルでも。特別に意識されているのは間違いない。
それが、響也の突破口。
「これで準備完了かな?」
「うん、いいんじゃない」
半ば無理矢理、検事局長の御剣から成歩堂絡みの仕事を請け負った響也は、仕事モードの成歩堂を堪能していた。響也相手だからかダルダルモードの割合を恣意的に多くしていても、伝説の逆転弁護士の面影を隠し尽くす事はできない。
一番初めに『弁護士の成歩堂』に惚れた響也は、打ち合わせ中はギリギリ我慢できても、仕事が片付いてしまえば細胞分裂並みに増殖した恋心を抑えられなかった。
「よいしょ」
間延びした掛け声でテーブルへ手を伸ばした成歩堂の、右肩のすぐ下辺りに素早く唇を寄せ、離す。
「牙琉検事・・?」
動きを止めその体勢のまま視線だけを流してくる成歩堂に、内心脅威を感じながらも、爽やかさのみで構成した笑顔を全開にした。
「頑張ったご褒美ってコトで☆」
肘から上へのキスは、初めてで。伸るか反るか、成歩堂の出方を息を詰めて待ち受けていると。
成歩堂はふいと視線を外し、唇に苦笑よりももっと和らいだ、暖かい微笑みを浮かべた。
「スターともあろう者が、随分と安上がりだね」
「っ!?」
予想を良い方へ裏切る結果に、たったそれだけの事でも響也は歓喜で震える。
「もっと、高望みしてもいいのかい?」
今少し欲張って成歩堂をハグしようとしたが。こんな時だけ敏捷な野良猫は、するりと響也の腕を躱した。
「勿論。今日は特別に、ゴドーさん直伝の珈琲を御馳走してあげるよ」
通常モードの、読めない表情に戻った成歩堂はあっさり給湯室へ消え。残された響也は、未だ昂揚から抜けきれないままソファの背もたれに顔を埋め、呟いた。
「これだから、諦められないんだよね・・」
たとえ3歩進んで3歩押し戻されたとしても。前に行けるかもしれない可能性が、響也を鼓舞する。
「あ、1曲できそうv」
トクトクと早めのビートを鳴らす鼓動にあわせながら。響也は成歩堂が珈琲を手に戻ってくるまでの間、コードと歌詞を小さく口ずさんでいた。