not pedophile




「ああ、花火が安い・・。みぬきに買ってあげたいなぁ」
 タクシーを掴まえる為に大通りへと向かう途次、ディスカウントストアの前で成歩堂の足が止まった。
「何か問題でも?」
 必然的に立ち止まった霧人が眼鏡のブリッジを押し上げながら、問う。
「修学旅行の積立金忘れてて、今月ピンチなんだよね・・」
 はぁ、とパーカーをだらしなく纏った肩がガックリと落ちる。
「『ピンチ』でない月など、聞いた事がありませんが」
「まぁ、いいじゃないか。ピンチな事には変わりないんだし」
 毎月毎月泣き付かれている霧人の冷静かつ的確な突っ込みを、へらりと笑って躱した成歩堂は花火に視線を戻し、大きな溜息をついた。
「うう、ロケット花火が5種類も入ってる。連発も、打ち上げも・・みぬきの好きなものばっかりだ」
「町内会の福引きは、どうしました? 今年は外れてしまったのですか?」
 元々記憶力の良い霧人だが、毎年毎年『みぬきはすごいんだよ!』と親バカ全開で的中を報告してくるものだから、強く印象に残っている。
「不景気とかで、中止になっちゃったんだよ・・」
 肩に加えて、眉尻までを下げる。その嘆きっぷりに、今度は霧人が溜息をつく。おもむろに財布を出して、数枚の紙幣を成歩堂へ渡した。
「お嬢さんに、悲しい思いをさせる訳にはいきませんからね」
「! ありがとう、牙琉v」
 途端にへらりと笑み崩れ、いつもの怠そうな動きはどこへやら素早く花火を掴んでレジへと行く姿に、霧人が重い溜息を繰り返したのは言うまでもない。




「それにしても、牙琉センセはみぬきに優しいよね・・。この間はみぬきにだけ、お土産を買ってきてたし―――」
 『まさか・・』と胡乱な目付きで見てくるものだから、
「私はペドファイルではありません」
 と言下に切って捨てる。馬鹿馬鹿しくて、声を荒げる事もなく。
「う〜ん・・なら、僕にも優しくしてくれよ」
 疑いはとりあえず引っ込めたようだが、今度は負けず劣らず馬鹿馬鹿しいお強請りをする。
 霧人は眼鏡を、テーブルへ静かに置き。
 流麗な仕草で成歩堂の胸元に手を添え。
「っ!?」
 浮かべた優しい微笑とは裏腹の粗暴さで、成歩堂をソファへと沈めた。思いきり背中を打ち付けた成歩堂は顔を顰め、逆光になった端整な面差しを見上げる。
 胸から襟元、喉へと這い、頸動脈と気管を寸分の狂いもなく押さえる霧人の手は常にひんやりとしていて、こんな状況だとしても幾許かの心地よさを運んでくる。
「貴方だけには、優しくしませんよ・・?」
「・・何故だい?」
「貴方の泣き顔にこそ、私は欲情するからです」
 ペドファイルではないという、有力な証拠。衝撃と、痛みと、酸素不足で目尻に宿った雫を、甘露であるかのように恭しくかつ恍惚と舐め取る。
 霧人にとって、優しさは無関心と同義だ。霧人の世界は、無関心という空虚が大勢を占めている。だが。この見窄らしい男だけには、無関心でいられない。追い詰めて、嬲り、貫いて、犯し、啼かせ、赦しを求めさせたい。
 成歩堂を苦しめている時のみ、霧人は激しい劣情を覚えるのだ。
 表情が碌に見えなくとも。霧人の言葉や、口調に潜む酷薄さと、手と同じくどこか冷ややかな発情の匂いが。誤解の余地なく霧人の状態を成歩堂へ知らしめた。
「ああ、そういや牙琉センセはドSだったっけ・・」
 苦しげな息の下から、この緊迫感にそぐわない軽口を返してくる成歩堂の不貞不貞しさが、ますます霧人を昂ぶらせる。
「今の所、貴方限定ですけれどね」
「うわぁ。光栄なんだか、恐ろしいんだか・・」
「68億分の1ですよ。確率的には、お嬢さんより『引き』が強いのでは?」
 重く倒錯的な内容を気楽な調子で遣り取りする間も、手の圧迫は緩まず。透き通った瞼が、成歩堂の意志とは関係なく痙攣した。
「色んな意味で『運』が強いのは認めるけど・・。まぁ、みぬきに花火を買って貰ったからね。仕方がないから、付き合ってあげるよ」
 微かに、口角が上がる。その唇は血の気を失って紫に近いというのに、成歩堂は怯えた様を欠片も見せない。
「随分、割りの良い買い物になりそうですね」
 ク、と指先にほんの少し力を込め。完全に『落ちた』成歩堂を霧人は寝室へと運び、強情な野良猫から霧人の好きな表情を引き出すべく、改めて覆い被さった。