霧ナル

反対概念




 神経質でやや潔癖症のきらいがある霧人は、同年代と比較すると淡泊で性への関心が薄かった。
 じっとりと湿った皮膚が接触するのも、耳障りな発情した声も、数秒の快楽を得る為の対価として耐えるには高すぎるような気がして。
 時々弟の響也から『まるで修行僧みたいだね』と揶揄されても、『別段支障はありませんよ』と激昂する事なく流していた。
 それなのに。




 グチュ―――
「・・っ・・ぁ、ふ・・」
 生温かい、より熱い温度と水分過多な粘膜を、綺麗にネイルされた指二本でぐちゃぐちゃに掻き回す。気遣う事なく奥まで差し込んだのが苦しかったのか、ぬめった肉片がきつく絡み付いてきた。
 押し出そうとする動きを無視して指の間に挟み、軽く引っ張りながら揉みしだくと、成歩堂の眉が一層顰められた。
「ん、ぅ・・ん・・」
 皮膚と皮膚が擦れる感覚。
 染み込んできそうな、体液という潤い。
 そしてまともな言葉にならないで消えていく嗚咽の余韻が齎す、振動。
 どれもが、霧人を煽り立てる。全身が、沸き立つ。
「それ位で充分でしょう」
 ズチュリ・・と何とも淫猥な音と共に抜き出した指は、ネイル液をぶちまけたかのごとくテラテラと光っていて、舐め取りたいという衝動が突き上げた。
「力を入れると、碌な事はありませんよ」
 倒錯的な誘惑に唆されている事など、怜悧さを完璧に保つ霧人の面には現れていなかったが、成歩堂の脚を大きく広げさせる手付きは少々粗っぽかった。
「―――っく!」
 見もせずに探り当てた堅い秘扉を割り広げる力にも、一切の容赦はない。反射的な肉の収縮を嬉々として捩り伏せ、奥へ奥へと侵入していく。
「牙、流・・もう少・・!?」
 流石に成歩堂が抗議しようと口を開きかけたが、霧人はもう片方の手で塞ぎ、あまつさえ指を咥えさせて言葉を封じた。
「少し位、我慢できないのですか?」
 上と下の『口』を同時に穿ち、嬲る。
 冷ややかに、侮蔑さえ滲ませて成歩堂を咎める霧人だったが、指による愛撫は執拗で粘着質で、酷く熱心。
「大丈夫ですよ、成歩堂。貴方の『身体』は、覚えが良いですから」
「っぁぁ!」
 微かな隆起を指の先で捉え、グリ、と強く抉って成歩堂に艶めいた喘ぎを漏らさせ、静かに微笑む。
 雑菌だらけの口腔内だけでなく、排泄器官である不浄の場所へ指を差し入れているというのに。
 頭の隅で穢らわしいと蔑む声はそのまま、霧人の下腹部は欲望で熱を帯びていた。絶え間なく収縮する窄まりに指や性器だけでなく、直接唇をつけて舌で舐ってやろうかとさえ考えていた。
 大抵の行為は茫洋と受け入れる成歩堂が嫌がる素振りを見せるのが興味深かったし、その抵抗を押さえつけて快楽に屈して咽び啼くまで後孔への刺激を施すのは、震えが走る程に愉しかった。
 それこそ頭から、1p刻みに咀嚼してどんな反応をするのか確かめたい。


 ―――後から後から湧き出てくるこの執着は、何なのだろう。


 霧人は、成歩堂から全てを奪った筈だ。たった一度の屈辱を雪ぐに相応しい代償を、もぎ取った。
 万全を期して監視下にはおいているけれど、それ以上の思惑はなかった。成歩堂を組み敷いたのだって、男としての矜持を挫く1つの手段。
 しかし今この関係に溺れているのは、明らかに霧人の方。
 成歩堂は拒む事こそしないものの、最中は霧人の手管に翻弄されて乱れるけれど、一時の熱が醒めるとまた元通り掴みきれない表情と眼差しをして、ふらりと立ち去っていく。
 そう、水のように全てを受け流す成歩堂の態度が、霧人を落ち着かなくさせる。
 霧人に分析、判断、解決できない事などかつて存在しなかった。だが成歩堂だけは、別だ。
 明晰な霧人の頭脳をもってしても、読み切る事が叶わない。
 成歩堂の双眸は一瞬霧人を映し、何の色も浮かべないで薄汚れたニット帽に隠される。
 見えているのに、見ていない。
 触れているのに、触れていない。
 誰よりも近い筈なのに、誰よりも遠い。
 矛盾と背反。反影。影幻。




「っ、ぁ、っ・・く・・」
 深く呑み込ませた楔の先端で意識して前立腺を抉れば、風のような呼吸を漏らして成歩堂が霧人の腕を掴む。強烈な刺激を耐える為であり、止めて欲しいとの懇願を表すものだろう。
「どうしました?成歩堂・・」
「・・が、り・・っぁぁ!」
 涼やかな視線を刹那だけ成歩堂の手に注いだ霧人は―――それまでのスラストが子供騙しのような勢いで挿送しはじめた。爪が皮膚に食い込み、水の膜を張った双眸が堅く閉ざしていた瞼から現れ、霧人を見上げる。


 ―――縋り付けばいい。成歩堂が縋り付けるものは、もう排除したのだから。


「どうして欲しいのですか? 言ってみなさい」
 口唇が戦慄きながら物言いたげに開いた瞬間を見計らって、腰骨が肉に埋没する位に下半身を密着させる。
「っっ!」
 当然成歩堂が発せたのは、掠れた嬌声だけ。


 ―――簡単に救いなど、与えない。もっともっと、堕ちるまで。


 近付きたいのか、離したいのか。
 監視したいのか、放逐したいのか。
 穢したいのか、清めたいのか。
 歪な積み木が、幾つも重ね上げられていく。土台自体が平らではない為に、どんなに複雑な計算をして積んでも、不安定さは拭えない。
 ああ、と霧人は小さく零す。
 だから、だからこそ、人は肉体を結び、融合の錯誤を求めるのだ。
 砂上の楼閣だと、空虚だと知っていても、尚―――