日に当たらないが故に白さの増した肌を辿っていた細く長い指が、ピク、と愛撫とは違う動きを見せた。
「……牙琉センセ…?」
「どうかしましたか?」
シーツの波に伏せられていた顔がこちらを振り向き、霧人は静かな眼差しを硝子越しに返した。
情事の真っ直中でも、白磁器めいた貌にうっすらと汗が滲んでいても、霧人の眼差しは常にどこか涼しげだ。
いや、乾いているといった方がいいのかもしれない。
その奥に潜めている暗く凝ったモノを容易には浮かび上がらせない霧人を、しばらく成歩堂は見詰めていたが――ふい、とこちらも『何か』を億劫そうな仮面の下に紛らわせてゆるりとシーツへ戻した。
「うん…。何でもないよ」
「では、再開してもいいですか?」
「別に、いいんじゃない?」
『どうでも』と、態度で語って言葉には出さない成歩堂の細緻な強かさ。
最早カウントしきれない程に、人間関係において一番相手を身近に感じられる行為を重ねてきた霧人と成歩堂だが。
二人の間では、表面上の和やかな雰囲気と惰性すら感じる付き合いとは打って変わって、ぎりぎりに引き絞られた弓のような緊張状態が何年も続いている。
限界まで伸ばされた弦は、いつか唸りをあげて速度の乗った矢を鋭く放つか、もしくは負荷に耐えかねて千切れるかのどちらかしかない。
いずれその『分岐』へ行き着いた時、結果に重大な影響を及ぼしそうなものを、霧人は成歩堂の身体に見出した。
それは――成歩堂からは見えない、つまり成歩堂自身にはつけられない場所に刻まれた真新しい『痕』。
今日は、背骨のもっとも窪んだ位置だったが。
ある時は、項から真っ直ぐに降りた所に隆起している、第7頚椎の下に。
右の肩胛骨に。
腰骨の上に。
いつぞやは、双丘の下、脚の付け根に二つ並びでくっきりと残されていて。
成歩堂を後ろから組み敷けば否が応でも目につき、『存在』を主張する。
霧人以外にこの野良猫の喉を擽る者がいる事を、声高に告げている。
成歩堂がマーキングに気が付いているのかどうかは、分からない。
だいぶ成歩堂の機微を読むのに長けたとはいえ、100%正確に読める訳ではないし、また成歩堂も読ませないから。
もし知っていて、『誰か』のそんな悪戯を許しているとしたら、悪趣味極まりない。
そして知らないとしたら、成歩堂にも秘密で、成歩堂の身体を通してメッセージを送ってくる『誰か』の鉄面皮ぶりに溜息が出る。
どちらにせよ――これは、挑発だ。
先にベッドし。
お前の番だと。
コールするのか、ドロップするのかと、霧人の出方を窺っている。
「受け流しても、構わないのですがね…」
成歩堂に聞こえない音量で、呟く。
手袋を投げつけられても、紳士を気取るつもりはないのだから、隠れて行動する者など相手にしないという選択もある。
霧人の性格なら、冷静に、侮蔑の念をもってやり過ごすのがパターンなのだが。
成歩堂に関してだけは。
いつだって、通常の枠に収まった例がない。
故に、霧人は。
その細身の外見からは想像できない強さで、成歩堂を仰向けに返し。
その表情から霧人の次の行動を予測した成歩堂が咎めるより先に、まだ充分に解れていない秘扉を強引に拓かせ。
激痛を伴う衝撃に仰け反って露わにされた胸の。
最下部にある胸骨の、やや左側――心臓の真上に唇を寄せて。
『コール』を、宣言した。