「キスの場所で22のお題」より

11:胸(所有)




 成歩堂は騎乗位が好きではないらしい。
 その理由を問うたら、『面倒くさいから』といかにもな答えが返ってきて、呆れるより他に反応が思い付かなかった。
 しかし、霧人は騎乗位が好きだった。
 追い詰めるだけ追い詰めて。昂ぶらせるだけ昂ぶらせておいて。
 決定打を与えず、絶頂まであと一段階の所に何度も押し上げた後で霧人の上に跨らせると。
 面倒くささや、まだ残っている羞恥や自尊心を口惜しそうに一つずつ投げ捨てていき。浅ましく淫らな様を晒すのだ。
 今宵も成歩堂は霧人の嗜虐を存分に満たす醜態を披露していたが。上半身を立てていられなくなったのか霧人の胸に倒れ込み、何かゴソゴソしていたと思ったら、左胸にチクリとした痛みが走った。
「・・何のつもりですか?成歩堂」
 少し首を擡げた霧人は成歩堂の悪戯を知り、情事の最中とは信じがたい怜悧な口調で咎めた。
 汗で貼り付いた前髪の間から霧人を見下した成歩堂が、くすりと口元だけで笑う。
「キスマークだよ、牙琉センセ」
 小さく、赤く、滲んだ血のような痕を指で辿りつつ、目線だけで『知らないの?』と無邪気に尋ねてくる。成歩堂の事を知らない者ならコロリと騙されかねない素振りだが、成歩堂とて霧人が騙されると思ってやっている訳ではない。
「私は名称ではなく、目的を聞いたのですが」
 成歩堂のお遊びには付き合わず重ねて問うと、成歩堂も芝居を止め、だが含み笑いは濡れ光る唇に留めた。
「僕の記憶が確かなら。マーキングは、所有権を主張する行為だろ?」
「解釈としては間違っていませんが、誰が、誰を所有していると?」
 成歩堂の回答に興味を抱いた霧人は、質問を続けた。
「僕が、牙琉センセを」
 唇の描くカーブが、妖しさを増す。
「逆ではなく?」
「そう」
 聞く前から返答が分かっていても確認すると、どこか誇らしげに頷く。霧人は、哄笑したい気分だった。
 弁護士資格を剥奪され。職と信用を失い。場末の店でその日暮らしをし。現在交流があるのは、霧人位という無力で淋しい立場で。男の身で男に抱かれながら、平然と優位性を論じるのだ。
「私としては、異議を申し立てざるを得ませんね」
 成歩堂の身体を真横に引き倒し様、上下の位置を入れ替える。未だ霧人は雄芯を成歩堂へ突き立てたままだったから、その衝撃に成歩堂の四肢は激しく痙攣した。ビクビクと引き攣る両脚を許容以上に開かせ、鋭利なストロークで最奥を征服する。
「ッあ!」
 眉根を寄せ、きつく瞼を閉じた成歩堂の苦悶に近い表情に、もう余裕はない。少し溜飲を下げた霧人が、追い打ちをかけるように成歩堂へ負荷がかかるのを承知で深く前傾して、耳元へ囁く。
「どちらに所有権があるのか、とくとその身に教えて差し上げましょう」
 酷虐な宣告に、白く透ける目蓋がゆっくり持ち上がる。その下から現れたオニキスは、苦痛と紙一重の感覚に生理的な涙を溜めてはいたが。深い所にある『光』は力を失っていなかった。
「やれるものなら、やってみてくれよ。牙琉センセ」
 掠れきった声での反駁は、霧人を挑発する為だけに発せられたもの。



 そして今宵もまた、ゲームが始まる。
 ゲームの賞品は、『所有』という名の人生。