切れ長の。
強く鋭い光を宿した双眸が瞠目し。
息を呑んだように、見えた。
その時のリアクションを言葉で表すなら、多分『驚愕』。
だが強張りは数秒で解け。頭にかけていた奇妙なX型のサングラスを下ろし、国際捜査官・狼士龍はゆっくりと近付いてきた。彼の足取りは静かで、でも強靱さを秘めていて。
獲物に飛び掛かる前動作みたいだな、と思ったのがFirst impression。
―――予感か、予兆か。
御剣を介して知り合った狼は、人懐こいのか人見知りなのか、いまいち掴めなかった。
現在担当している事件に無理矢理成歩堂を引き摺り込み、いろんな所に連れ回し、事務所を頻繁に訪れ、あれやこれや話していく。感情表現が豊かで、スキンシップが多くて、少しばかり俺様気質。
なのに、開けっ広げという印象はない。
調査の合間に。議論の途中で。ふとした瞬間、成歩堂は狼に『観察』されている。
迫力のある目が、全てを見透かそうと射抜いてくる。成歩堂の能力を計っているのかとも考えたが、それなら既に実力が分かっている弁護士を関わらせれば済む話だ。犯罪への関与を疑われているにしては、狼の態度はフランクで。
一線を引き、その向こうから成歩堂の一挙手一投足を熱心に眺めて考察する―――纏めるなら、そんな感じだった。
普通なら居心地が悪いし気分を害しても可笑しくないが、成歩堂は何をやっているんだろうと、ただ不思議に思った。観察モードがoffの狼は面白い話題で成歩堂を笑わせ、楽しげに成歩堂の髪の毛を掻き回したりと非常に友好的な所為かもしれない。
つまり。
―――大きな犬(狼か?)が、こいつに近付いても大丈夫かと周りをウロウロして値踏みし。一頻り遊んだ後で、いやいや俺は簡単に腹は見せないぜ、とばかりまた距離を取る。
一度、そんな風に脳内変換してしまったものだから、それ以降はどうにも微笑ましさが先に立つ。犬のじゃれつきを厭うのは、犬嫌いな人だけ。そして、成歩堂は犬好きだ。
ほのぼのとした雰囲気が変わり始めたのは、いつ頃?
おそらく、事件が無事解決した辺りだったような気がする。
観察モードが殆どなくなり、その代わりじゃれつきが増した。今までは身体を擦り寄せて可愛く尻尾を纏わりつかせていたのが、立派な体躯を活かして押し倒し、顔と言わず首と言わず舐めまくるようなねちっこさ。
そう、スキンシップというよりセクハラ的。
鈍い鈍いと揶揄される成歩堂でも、友情のハグを通り越している事は分かる。話題も、成歩堂の考えや信条を聞き出すと共に、狼の祖国である西鳳民国の習慣や風土を織り交ぜる回数が多くなってきた。
あれ、これって、お見合いとか結婚を前提にした恋愛で話される事だよね、と首を捻った成歩堂の前に。
狼が、長い足を折り畳んで正座した。
異邦人の顔立ちなのに妙に決まっているが、ツッコミ所はそこではない。
「俺の生まれでは、プロポーズする時は片膝をつくんだが。龍一の生国に敬意を表して、この形を選んだぜ」
「・・・・・」
片膝ついてのプロポーズなんてロマンティックですね、と礼儀として褒めるべきか。やっぱり、日本国において、正座でのプロポーズはそれ程一般的ではありませんと教えるべきか。最大のツッコミポイントを敢えて避け、ぐるぐる考えてみる。
脳内で思考を巡らすのが精一杯で、実際は一言もツッコめなかった。
「俺の、伴侶になってくれ」
「いやいやいや、ちょっと待ったぁっ!?」
衝撃的な台詞に、殆ど脊髄反射で異議を唱える。狼の真摯な表情と厳かな態度を見た時から薄々察知していた予感は、バッチリ的中してしまった。どっと、冷や汗が出る。
「贅沢をさせられるだけの蓄えはある。健康に問題はない。勿論、一生大事にする」
「〜〜〜っ」
二の句が継げなくなる。そもそも成歩堂が問題提起したいのは、狼の資産価値でも一途宣言でもなく。告白も、お付き合いも、愛の育みも全部すっ飛ばしてプロポーズされた事。―――いやいや、それ以前に、同性で普通ならプロポーズの対象にならない事、だ。
だいぶ混乱している成歩堂の手を取り、狼は一度だけぎゅっと力強く握った。
「ちなみに、俺の国では伴侶候補に一回でも『嫌』と言われたら、二度と姿を現しちゃいけない掟がある。龍一が、どうしても俺の事を受け入れられないのなら・・・一言で片がつくぜ?」
狼の性格から、『返事はyesかハイだけだ』と選択肢がないのかと思いきや。逆転の道はちゃんと在った。
「・・いや、あの・・えーと・・」
安堵に胸を撫で下ろす場面で、しかし即答できなかった成歩堂の未来は、果たしてどうなるのだろうか・・・?