「成歩堂くん、デートしようよ」
「は?」
就業時間を過ぎた事務所に訪れた直斗は、端的に告げて成歩堂の手を引っ張った。
アポなし。
承諾待ちなし。
詳細与えず。
身勝手な事この上ないお誘いだが、成歩堂は『いやいや』『待った』『異議あり!』と後ろで喚いても、『嫌です』とは言わず、握られた手を外したりもしない。
一つにはもう何回も繰り返され、何度成歩堂が異議申立をしても直斗が聞かなかった為、諦めの境地に入っているのと。
もう一つは、(成歩堂には絶対バラしたりはしないが)直斗が成歩堂のスケジュールを事前にリサーチしており、他に何の予定もないからだ。
不定期に、直斗の思い付きだけで振り回されていると最初は受け止めていただろうが―――偶然も回を重ねれば、必然と呼ばれる。
最近成歩堂は、直斗の強襲に『故意』を感じ取っている節があった。成歩堂好みの食事と、成歩堂を飽きさせない会話。異空間のバーに移動し、非日常的な雰囲気を作って心地よく接待する。
無論、支払いは全て直斗持ち。
その流れはまるっきり恋人か、恋人にしたい相手へのアプローチ。
「いやいや、直斗さん。ホントに払わせて下さい」
へにゃり、と独特な形の眉が力なく垂れる。
「だから〜俺が誘ったんだから、イイの!」
時々、『臨時収入があったから』『勝訴したから』『年上だから』などの理由を挙げる事もあるが、八割方、直斗は一番目の台詞で成歩堂を抑える。
『誘った方が払う』。
この考えがベースで、奢られるのは心苦しいから断ろうにも直斗は用事のない時ばかり現れ、嘘は付けない。で、奢られる一方では悪いからと元来律儀な成歩堂は誘い返す、という展開になる。
結果、会う回数は成歩堂が意識しない間にどんどん増加していく。
誘う訳を聞かれると、直斗は『成歩堂くんが可愛いから』『一緒にいると楽しい』『会わないでいると、淋しくなって我慢できない』etc、老若男女を問わず、誰もが魅力的に感じる笑顔付きで答える。
成歩堂もその眩しさにあてられ、それ以上突っ込めなくなる。
成歩堂は、戸惑ってもいる。まるで、直斗に口説かれているようで。
しかし直斗は基本、誰にでも優しいし。実際、女性に滅茶苦茶もてる。
故に、『もしかして・・?』という疑いが起こる都度、『そんな訳がない』と打ち消す。
実は、既に唇だって奪われているのだ。
『あ、目の下に埃がついてる。取ってあげるよ』
『わ、すみません・・・っ!?』
チュッ!
という感じで。
唐突にキスされた成歩堂は慌て、赤くなり、直斗に詰め寄ったが。
『だめだよ、成歩堂くん。無防備に目を閉じちゃ。キスOKかと勘違いされるよ?』
『え? う? そ、そうなんですか・・?』
教え諭す口調と、まるで成歩堂に非があるかのごとく微かに眉を寄せた表情とで、ころっと丸め込まれた。
からかっているようで、でも本心から忠告しているようで、それ以外にも隠している事がありそうで。
成歩堂を混乱に陥れておきながら、次に現れた時、直斗の様子は普段と全く変わりなかった。
これが、惑わずにいられようか。
直斗特有のお遊びなのか。それとも―――本気なのか。
沢山、延々と悩むがいい。
成歩堂に直斗という存在を植え付け、じわじわと侵蝕していき、会っていない時でも直斗の事を意識するようにもっていくのが、狙い。
気は長いし、成歩堂を少しでも傷付けたくはない。
けれど・・・逃す事は有り得ない。