直ナル

都市伝説の真贋




 おちゃらけた言動が目立つけれど。
 元々の造作はかなり上等なので、『偶に見せる真顔が、また素敵なのよね〜』と女性の職員や関係者には、頗る人気が高い。(最近は、違う意味で話題の的になっているが)
 今風のイケメンに全く興味のない成歩堂ではあるが、陽気な直斗がニコリともしないですごく真摯な眼差しを向けてこれば、ドキリとせずにはいられない。しかも背後の壁と長い両腕でできた狭い空間に閉じ込められている状態では、脈拍も加速しようというもの。
「龍一」
「は、はいっ!?」
 声のトーンまで聞き慣れた音域とは異なっていて、名前を呼ばれただけで成歩堂は全身を緊張させる。
「すっごく大事な用があるんだけどさ、この後、付き合ってくれる?」
 問いながら直斗が顔を寄せてくるので、成歩堂は後退し、しかしすぐ壁に阻まれて20pの距離で直斗と見つめ合う羽目になった。
 いつもは笑い皺で隠れていた、目尻の小さい傷を発見してしまう程の近さ。ゴドーや御剣もそうだが、端整な貌のアップはそれが男だろうが女だろうが、心臓に過度の負担を強いる。
 シチュだけでも鼓動が跳ね上がるのだ。これ以上不整脈になりたくない成歩堂は、唯々逃れたい一心でコクコクと頷いた。
「わ、分かりました! どこにでも、行きますから! お願いですから、離れて下さいっ」
 真っ赤になって殆ど叫ぶように答えると。スッと直斗は離れたが、真剣な視線は成歩堂に注がれたままだった。
「龍一さぁ・・」
「は、はいっ!?」
「俺が言うのも何だけど。もうちょっと、警戒心を持った方がいいんじゃない?」
 背中に長い棒でも突っ込んだかのように立ち尽くす成歩堂に、ようやく茶目っ気たっぷりの笑みを見せる。
「付き合って欲しいのが『ホテル』だったら、どうするんだい? 男に二言はないんだろ? 美味しくペロリといただかれちゃうよ」
 爽やか且つ邪気のない笑顔で、ちっとも爽やかではない台詞を宣う直斗に、成歩堂は絶句し。
「いやいやいや、ホントに直斗さんが言う事じゃないですよ!?」
 と、ビリジアンモードで突っ込んだ。




 一ヶ月以上が経過したというのに、未だに直斗の法廷告白劇は話題から消えてくれない。
 『何故か』御剣やゴドーや恭介達が、直斗を成歩堂に近付かせないようにブロックしている為、直斗が主張する所の『デート』(映画を見たのだが、映画館を出た所で『何故か』ゴドー達が乱入してきて、結局皆で食事をした)以外、成歩堂と直斗に大きな変化はないのに。
 変化も何も、成歩堂はあの告白自体をどう扱ってよいのか、判断し倦ねている。直斗の悪ふざけだとは、流石に思わないけれど。
 かといって、呼び方が『龍一』に替わり二人きりで映画を見たのを除けば、先程のアプローチまでずっと直斗は今まで通りで。どこまで真剣なのかは、成歩堂では到底読み切れない。
「この辺で、いいかな」
 川風の心地よい河川敷まで、どうという事もない会話を交わしながらやってきた直斗は、開けた場所で足を止めた。
「なかなか見付からなくてね〜、やっと、ヤフオクでおとしたんだよ」
 直斗がナップザックから取り出したのは―――1つの、打ち上げ花火。
「落下傘、を?」
「うん。ピンクのパラシュート」
「・・はぁ・・・」
 どうやら目的は花火をやる事らしいが、1つきりしか用意していない事といい、わざわざオークションで手に入れた事といい、謎だらけだ。しかもどうして、落下傘の色がピンクなのだろう。
「じゃ、点火するよ。準備はいい?」
「え?準備って、何の事ですか・・?」
 成歩堂が理解し切れていないのに直斗はサクサク行動し、成歩堂の質問は、
 ヒュルル、パーン!
 という炸裂音に掻き消されてしまった。
 そして、
「さ、行こう!」
「え? ええ? ち、ちょっと、直斗さん!?」
 突然直斗に手を握られ、しかも握ったまま直斗が走り出したので、成歩堂はつんのめりながらも慌てて後を追う。
 黒の中に濃い蒼が塗り込められているような夜空に、ふわふわと棚引く物体。秒毎に落下してくるそれを追っ掛け、小刻みに軌道修正する直斗は時折成歩堂の方を振り返って様子を確かめる。
 成歩堂と目が合う度、嬉しそうな笑みを形の良い唇に刻みつつ。
「お、来た来た。―――よし、ゲット!」
 頭上1mの所で直斗はテンガロンハットを脱ぎ、逆さにしてパラシュートを受け止めた。
「龍一、これでバッチリだよ!」
渋いテンガロンハットに収まった、どうにも安っぽいピンクの物体を誇らしげに見せられても、リアクションに困る。
「あの・・何がバッチリなんですか?」
 素直に聞くと、直斗はまるっきり悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「ピンクのパラシュートに纏わる都市伝説、知らない?」
「都市伝説ですか?いいえ、知りませんけど・・」
「打ち上げて、見事キャッチできたら、その恋人達は幸せになるっていうヤツなんだけど」
「ぇえ!?」
 今日は、何度直斗に驚かされれば良いのだろう。都市伝説の類を信じそうにない直斗から、乙女思考のエピソードが出てきた事も意外なら。直斗があっさり『恋人』という単語を発した事にもビックリする。
「いやいや、いつの間に恋人になったんですか?」
 突っ込み所は多々あったが、ここを外したら突っ込みの鬼の名称を返上しなければならないだろう。
「う〜ん。やっぱりソコを突っ込んできたか。流石、龍一だね」
 苦笑ともつかぬ―――おそらく成歩堂の見間違いだろうが―――ほんの少し淋しそうな表情をした直斗は、一秒後には掴み所のないモードに戻っていた。
「まぁ、その辺は予定って事で☆ それにしても、都市伝説も捨てたものじゃないね」
 変調が一瞬だったのでやっぱり目の錯覚だったと己に言い聞かせていた成歩堂は、またしてもキョトンと直斗を窺った。前半部分も後半部分も気になるが、『恋人』でない事を認めているのなら、必然的に都市伝説は関係なくなる筈だ。
 口には出さなかったが、ゴドー達同様成歩堂の表情から読み取ったのか、直斗はスッと口角を横に引いて笑った。
「ほら―――御利益、あったでしょ?」
 成歩堂の目の前に突き出されたのは、直斗の手。成歩堂の手を、ガッツリ握った状態の。
「異議あり!パラシュートを取る前からじゃないですか!?」
 そういえば。
 全く意識していなかったが。
 ずっと直斗と仲良し小好しで手を繋ぎっぱなしだった。
 夜目にも分かる程紅潮した成歩堂は手を引き抜こうとしたが、そう力を入れている訳でもなさそうなのに、直斗の手からは逃れられず。
 逆に、1ヶ月前のように、手の甲へキスを落とされてしまった。
「な、直斗さんっ!?」
 ますます赤くなりつつ成歩堂が咎めると。直斗の顔も夜目にはっきりと見える位、真摯なものになっていた。
「1回目のデートで映画を見て。2回目で手を繋いで。3回目のお出掛けでは、別のトコにキスするから。楽しみにしてて」
「いやいやいや、待った!」
 どういう交際の進め方なんですか、とか。
 次の予定は決定事項なんですか、とか。
 それ以前に、何か言う事があるんじゃないですか、とか。
 疑問兼異議が、幾つも脳裏を過ぎったが。
 聞かずとも判明した事が、1つある。
 多分、直斗は―――本気、だ。