狼ナル

かんみとあまみ




 狼と違ってインドアな成歩堂の肌は、生っ白いという表現が当て嵌まる。特に服で隠れる部分は、例えるなら搾り立てミルク。日本食ならば、突き立ての餅。
 蛇足だが、成歩堂から何故食べ物で表すのかとツッコミを受けた狼は。『俺の食いモンだからに決まってるだろ?』と、きっぱり返答しておいた。
 話は戻って。
 その白い皮膚に刻まれた、漆黒の刺青。コントラストを想像するだけで下腹部が重くなってくるものの。残念ながら、妄想の域を出ない。
 紋様が浮かび上がる時は、肌は『白』から変化を遂げているのだ。
 出現のファクターは精神と肉体の昂揚であり、早まった血流は、皮膚を道明寺よりもっと淡い、白玉に食紅を1・2滴垂らした色へ染める。故に、墨のバックグラウンドは、白でなく桃となる。彫った際も交接の真っ只中だった為、この先も光影の共演はない筈。
 しかし、仄かな朱と濃密な黒。2つが隣合う様は、白と闇との組み合わせに勝るとも劣らない魅力がある、と狼は考える。醸す人物への贔屓目だろうと指摘されたら否定はできないが、畢竟、鶏と卵論だ。どちらでもいい。
 世界で2つだけの。
 狼と成歩堂のみが有する、双刻印。
 魂を繋ぐ伴侶の証は、何回見ても飽きないし。見る度に、狼は喜びと欲と充足と希求とが渾然一体になった感情を味わう。頭の天辺から丸呑みしたくなる。
 しかも今は、徴の上に透明な雫―――確か、透き通っていて嘗めると甘い水飴とかいうモノを彷彿とさせる―――が幾つも浮かんでいるのだ。
 どうして、食さずにいられようか・・?
 眼前で艶やかに濡れ光る刺青があまりに美味しそうで、狼の舌が誘われるように口唇から差し出された。
 ペロ―――
「・・ん、っ・・」
 ベタリと広い面積を舐め上げると、成歩堂は短い呻きを漏らして大きく震える。姿を現した紋様はどういう絡繰りか性感帯に等しく、特につい先程達したばかりでは羽根が掠めただけでも感じてしまうに違いない。
 狼の推察通り、尚も這わされる舌から逃れるべく成歩堂が身を捩った。けれど筋肉質な肢体が覆い被さる形でぴったり重なっているのだから、徒労に終わる。
「ぁ・・も、・・や、め・・」
 殆ど力の入っていない腕を悠々押さえ、狼は思う存分、蜜を宿した肌を賞味し尽くした。肉片を尖らせて輪郭をなぞり、掬うようにサワリサワリと行き来させ、時折強く吸う。
「・・ふ・・ッ、ぁ・・!」
 舌の動きに誘発され、滲む汗よりもっと甘く、熱く、麻薬じみた中毒性を持つ蜜壷が蠕動の間隔を狭め始めた。最奥に散々白濁を浴びせかけた後でも胎内に留まっていた狼の分身は、蠱惑的なマッサージを施され、秒毎に体積を膨張させていく。
「龍一・・・そんな風にしたら、終わりにしてやれねぇぜ?」
 格段に体力の劣る成歩堂は早々に音を上げており、狼だって己の欲求より恋人への労りを優先させるつもりでいたのだ。―――少し前までは。
「ち、違います・・! もう、勘弁して・・ァっ!」
 不穏な台詞を聞いた成歩堂は慌てて制止を叫んだものの、弱点を鋭く抉る突き上げに語尾を詰まらせた。
 抗議なのか、衝撃を耐える為か。狼の胸板へ伸ばされた腕は、ちょうど刺青の真上に落ち。悦楽に細まった双眸でもそれは映っていたらしく、ほんの少し、擽ったいとしか思わない強さで爪が立てられる。
 成歩堂の、せめてもの意趣返し。が、やはりどういう仕組みか自分で刺青に触れても他の部位と同じ感覚しかなく。成歩堂に触れられれば多少反応は鋭敏になるけれど、それにしたって快楽を覚えるというより劣情を刺激される方向へ進む。
 本当に。
 成歩堂ときたら、狼の食欲を煽るのが上手だ。
「アマイ龍一が、喰いたくてたまらねぇ。もうちっと、付き合えよ」
 鋭利な牙を剥き出しにして笑うと、狼は極上の獲物へガブリと喰らい付いた。