元旦から、やっぱり矢張はやらかしてくれた。
インスタントお雑煮を食べて、炬燵でぬくぬくと昼寝をしていたら。矢張から電話があり、初詣で今年初の失恋をしたと泣き付いてきたのだ。
成歩堂は大好きな炬燵から出たくなくて渋ったが、泣く子と失恋矢張には勝てない。最後には重い腰を上げ、矢張の愚痴に付き合った。
そして一年の計を決める重要な日は、矢張を慰めるだけで終わってしまう。
まだ嘆き足りないと喚く幼なじみを何とかタクシーに押し込めた成歩堂は、仕事帰りのサラリーマンのような疲れきった溜息を吐いて、我が家へ戻ろうと踵を返した。
「・・・・・ボウズ・・?」
が、決して大きくないのに不思議とよく通るバリトンが聞こえ、ぱっと発信源と思われる方向へ振り返る。
「馬堂、さん」
渋くて、少し掠れていて、特徴的な抑揚な声音は二人といない。案の定、少し離れた所に立っていたのは馬堂刑事だった。
「明けましておめでとうございます」
偶然の出会いに驚きながら近付き、ぺこりと会釈する。
「・・・あめおめ・・」
「っ!?」
それに対して返ってきた言葉は到底馬堂が発したものとは信じられなくて、思わず凝視する。馬堂は気にせず、少し目を眇めた。
「初詣の・・帰りか・・?」
「い、いえ、ちょっと友人と飲んでました」
「ああ・・目元がうっすら赤いな・・」
トレンチコートから出された手は手袋をしていなかったが、目尻に触れた感触はほんのり暖かかった。頬骨、頬、顎へと指が滑っていき、こんな風に親しげな接触をするのは珍しいと成歩堂は思う。
会う度に棒付きキャンディをくれたりと、強面の割に気安い面がある一方で。馬堂は触るのも触られるのも躊躇われる雰囲気を、おそらく意図的に作り出している。だから、初めて馬堂の指先が荒れて硬くなっている事を知った。
「馬堂さんはお仕事ですか?」
顎に数秒留まった後離れていった指を何となく見送り、成歩堂の瞳が再度馬堂を見上げる。
「いや・・野暮用だ・・・ああ・・ボウズにお年玉をやらなきゃな・・」
「はい?」
1p程横へ頭を振った馬堂が、何の脈絡もない発言をし出す。先だっての台詞は何とかスルーできたが、2度目となると反応を抑えきれない。
馬堂は目を見開いている成歩堂に構わず、ごそごそコートを探ってロリポップを取り出した。
お年玉って、いつものチュッパチャプスですか!?とのツッコミを我慢している成歩堂の手へ、乗せる。1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ・・・数え切れない位。
「いやいや、もう十分ですから!」
最初は黙っていた成歩堂も、溢れんばかり盛られる飴につい制止する。本当は、幾つ隠しているんですか?!とツッコミたかったのは言うまでもない。
「・・ボウズは謙虚だな・・」
「そういう訳じゃありませんが・・ありがとうございます」
「・・・イチゴは好きか・・?」
「はぁ、好きです」
またしても話が明後日の方に飛び、成歩堂はもう諦めて素直に返答した。と、馬堂はもう1つキャンディを取り出し、おもむろにペリペリと包装を剥がして―――成歩堂の口へ差し入れた。
何故かイチゴではなく、グレープの味がした。
「んん!?」
「・・・ボウズは可愛いからな・・・お菓子をくれると言われても、付いていくんじゃないぞ・・」
成歩堂が唐突な言動に目を白黒させている間にも、大きな手を頭にあてて撫でる。髪を梳く。わしゃわしゃする。
「・・真っ直ぐ家に帰ったら・・ご褒美をやろう・・」
可愛げのない容姿だし。
流石にお菓子では誘惑されないし。
寄り道しても何ら問題のない成人男子だし。
色々と反論したい事はあったのだが。
馬堂が、目尻に小さな皺を寄せて微笑んでいたので。その柔らかい表情を壊したくなかったので。成歩堂は飴をモゴモゴさせながら、大人しく帰路についた。
馬堂が大晦日から元旦にかけて悪友と呑んでおり、日本酒だけで2升を空にしたと知ったのは、それから数ヶ月後の事。
後にも先にも、馬堂程、酔いが外見に現れないタイプはいなかった。