成歩堂と違って、狼の印―――狼と焔の刺青―――は常時肌の上に現れている。海外でTattooはファッションの一部だし、何より狼自身が見せびらかしたい位なのだ。
秘儀であるが故に印の正しい意味を知る者は少ないが。それでも、分かる者には分かる。狼には魂で結ばれた伴侶が在る、と。
事ある毎に、狼は刺青に触れる。指先へ伝わってくるのは、体温と鼓動。触れ続けている内に、己のそれが記憶に刻まれた愛しい者のそれへとすり替わる。
赤ん坊みたいな、柔らかくてしっとりとした皮膚。
その下で常よりかなり早く脈打つ鼓動。
狼に弄ばれて浮かび上がった、狼と同一の印を一度手の平ですっぽり覆い、その後指と舌と歯と唇でなぞり慈しむのが狼は好きだった。たっぷり時間をかけて愛撫すると、刺青を中心としてどんどん肌が潤い。どんどん脈動が激しくなっていく。
獲物のごとく甲斐無き抵抗をしてから―――くたりと全身を委ねる。その際の風情といえば、扇情的としか表現しようがない。
普段色香めいたものを感じさせないのに、雄の狩猟本能を掻き立てかつ支配欲を満たす、強さと脆さと微かな発情を絶妙なバランスで匂わせるものだから。
煽り、煽られ、2人の閨は淫靡さを加速させていき。胸の刺青を重ね合わせての交接で、親密度と悦楽は最高潮に達する。身体の堅い成歩堂にとってはきつい体勢になるが、その頃には痛みさえ脳髄を蕩かす甘い刺激へと昇華し。
口唇を貪り合い、限界以上に深く互いへ食い込み、刺青の下にある命の源を刺青を通して寄り添わせる。
身体でも、魂でも繋がるのだ。
内と外から膨れ上がるエクスタシーは、極上の一言。上物の麻薬にもまして、中毒性がヒドい。
「・・・あ、勃った」
下半身を見下ろして、狼は呟いた。甘やかで切ない想起の終着としては、少々情けなく、そして様々な意味で収まりがつかない。
顔を洗った時、鏡に映った刺青が目に入り眺めていたら、いつの間にか思い出にどっぷり浸かってしまった。会えない日々が長すぎるのだろう。
伴侶は隣にいてさえ離れ難く感じるのに、遠距離でなかなか逢瀬もままならないとなれば、その磁力は強烈。おかげで、最近の狼は欲求不満をエネルギーに変えて事件をガンガン解決している。
結果、上司の覚えも目出度くそろそろ休暇申請が通りそうなのが不幸中の幸い。それまでの辛抱だ、と下半身に向かって諭す。
しかし説得を聞き入れる兆候はなく、狼は仕方なくバスルームへ足を向けた。ふっかい溜息をつきながら。
ああ、早く。
Quisiera hacer noche en tu piel. (君の肌の上で一夜を明かしたい)
いや、一夜のみなんて有り得ない。
二晩でも三晩でも。
永遠に。
生まれかわる度。
『よう、龍一。今日、「絵」が熱くならなかったか?』
「・・・(相変わらずいきなりだな)そういえば、そんな気も・・」
挨拶もなしに本題へ入る狼の癖に慣れた成歩堂は、少し戸惑いつつも今日一日を振り返り、肯定した。ほんの一瞬だったが、刺青にチリリと熱が走ったのだ。
彫られた絵が浮かび上がってくる時に似ていたから一応覗いてはみたが、杞憂で。偶然だろうとすっかり忘れていた。
『順調に絆が強まってるみてぇだな。よし』
「いやいや、その説明は受けてないんですけど?!」
一人だけ納得し、しかも満足げな狼へ突っ込む。摩訶不思議な刺青について質問しても、狼は簡単な説明をするだけで後は『龍一は俺のもので、俺は龍一のものって事だ』と締め括ってしまう。
『ああ、龍一の事を考えてたらつい催して我慢しきれなくなってな。すっげぇ盛り上がったから、龍一もアツくなったんじゃねぇかと思ったのさ』
「ぇぇええっっ!?」
またどんな副作用(?)を聞かされるのか身構えていた成歩堂の顔が、真っ赤になる。
『おかず』にしたと赤裸々に告げられ、非常に居たたまれなかったし。加えて晩稲で淡白な質でも、健全な成人男子だ。一瞬だが、そのようなアレは筒抜けだったのか?と焦ったのだ。
「困りますし、プライバシーの侵害です! 止められないんですか!?」
慌てつつも狼の台詞を反芻すれば、片方の高揚が相手に伝播したのは初めての事象らしい。そう思い立って幾分動悸は収まったものの、『絆が強まっている』のなら、今後の為に手を打つべきだと気付く。
詰め寄る成歩堂に対し、狼は心底訝しげに聞き返した。
『止める必要なんて、ないだろ? どんなに離れてたって龍一の事を感じられるなんて、便利だしな』
「・・・・・」
連絡が取れる状況なら二日と開けず接触を図ってくる癖に、そんな事を言う。
だが。
メールや電話でなく。
狼と成歩堂だけが分かる方法で繋がっていられるのは、少し、何となく、嬉しいかもしれない。
うっかり絆されかけた成歩堂は―――
『溜まったら、俺を思い浮かべながら処理しろよ? それを励みに早く会えるよう、尽力するから』
「士龍さんっっ!」
次の一言に、やっぱりダメだ!と思い直したとか。