スペイン語で囁く愛の言葉

 Quiero mirarte y sentir.




「局長ってば、ジョークのセンスも一流ですね。スノッブな俺には全く、これっぽっちも、1ミクロンも理解できません」
「キミは優秀だヨ。何せ、ボクの手に負えない位だからネ。そんなキミにこそ、この件は一任するべきでショ」
 局長室は、局地的超大型寒波に襲来されていた。バナナで釘が打てる程に凍り付いた空気の真っ直中にあって、巌徒と直斗はニコニコニコ・・・と微笑む。
 お互いちゃんと目まで笑っているのが、冷気を増幅させる。
「アレが軌道に乗ったら、ナルホドちゃんも喜ぶと思うんだけどナー」
 巌徒の観察眼をもってしても、直斗の変化は見出せなかった。にもかかわらず、巌徒は進捗を確信する。優秀な直斗の事、巌徒の言葉が含有するモノを見抜く筈。
「仕方ないですね!」
 やはり、直斗は承知した。少し困ったような顔で。
「局長のオキニイリまで引っ張り出されたら、しがない1検事はOKするしかありません。あ、でもこの2件は返却して、アシストを1人付けてくれないと泣きますよ〜」
「キミは嘘泣きも得意そうだネ。ン、分かった。手配するヨ」
 今度は巌徒が大袈裟に眉を顰める。
 バランスはイーブンに持ち込まれ、これは、2人共が折り込み済みの結果だったりする。最後に再度微笑みあって、解散となった。




「あの妖怪狸、ホント煮ても焼いても食えないなー」
 頬を染めて挨拶してくる女性職員へ、爽やかイケメンスマイルを披露する直斗。その口元で呟かれる言葉の毒々しさは誰も気が付かないし、気付かせない。
「餌としても獲物としてもベイビーに目を付けてるのが、失脚させたい位、ムカつくよね」
 見た目と正反対に、直斗はかなり不機嫌だった。条件反射のサービスで手を振ると黄色い歓声があがるけれど、直斗の意識には殆ど入ってこない。
 だいぶ前から時にはあからさまに、時には水面下で、巌徒が直斗の足下へ後継者へのレールを敷いている事には勘付いていた。直斗も時にはあからさまに、時には水面下でフラグをへし折ってきた。
 それは一種ゲームのようで、愉快犯的要素を多分に持つ直斗にしてみればそこそこ愉しんでいたものの。成歩堂が関わるなら、話は別。成歩堂を駒にも、賞品にもしたくない。
「今日は一段と格好いいわねv」
「素敵〜」
 周囲の女性達が、写メを撮り始めた。天の邪鬼でもある直斗は苛立てば苛立つ程、清涼さが増すのだ。
 イライライラ。
 珍しく、今日はスマートにマイナスを流せない。激務続きで疲労が溜まりすぎているのだろう。
 こんな時は―――
「そうだ、会いに行こう」
 某CMを彷彿とさせる台詞を口にし、直斗は事務所へと向かった。




「ベイビー、会いにきちゃった☆」
「うひゃぁっ! な、直斗さんっ!?」
 書類棚に向かって立っている成歩堂に抱き付けば、予想以上のリアクションが返ってきた。
「音もなく忍び寄るのは止めて下さいって、言ってるじゃないですか・・」
 口調は直斗を咎めていても、顔が赤いのは自分の驚きようを恥じて。このバランスが、イイ。純粋なだけなら興味が長持ちしないし、擦れっ枯らしは己だけで充分。
 成歩堂は、幾ら見ていても飽きない。
「ベイビーが集中してたから、気が付かなかっただけじゃない?」
「いやいや、その呼び方も止めて下さいよ・・」
「でも、赤ちゃんみたいに柔らかいし」
「・・・なほとしゃん、いらいふぇす」
 からかって頬を抓むと、またしても面白い反応をしてくれた。しかもフニフニの感触は、触っている内に放したくなくなる。
 癒しだ。効果抜群の。
 直斗のストレスは、フニフニによってサラサラに溶けて流れていった。
「ごめんごめん。お詫びに、ケーキはどう? ベイビーが食べたがってたのを買ってきたよん」
「え? わざわざありがとうございます・・・」
 未練はたっぷりあったけれど、嫌われたら元も子もない。念入りに撫でてからテーブルに置いたケーキを持ち上げ、懐柔にかかる。成歩堂は好意に対して素直に好意で返すタイプ故、狙い通り戸惑いつつも皿や飲み物を用意してくれた。
 慌ただしく動き回るその姿に、直斗の口元には自然な笑みが浮かんでいた。成歩堂を見ているのも好きだし、触るのも好きだし、深く知るのも好きだ。
 本当の『楽しい』とは、こういう事かもしれない。


 Quiero mirarte y sentir. (あなたを見たい、感じたい)