馬ナル

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☆注意!  この話は、恭ナル『伝えたい熱と想い』の別verというかif話です。
・担当刑事は馬堂
・急遽時間ができて現場検証を思い立ったものの、馬堂は非番で、代わりに恭介から許可を貰う
・隠し部屋を発見した時、馬堂にも連絡したが通じず。後に恭介が連絡したら繋がり、今から向かうと返答があった
 以上の変更点を踏まえて、お進み下さい☆




 成歩堂の知り合いには、何故か気配を消すのが上手い者が多く。糸鋸という例外があるにせよ、職上柄か恭介や馬堂は特に気付けた例がない。
「・・遅くなった・・」
「もっとゆっくりでも、よかったんですよ」
 だから二人の会話が聞こえて初めて、馬堂が目の前に立っている事を知った。もぞもぞと恭介のポンチョを掻き分けて、顔を外へ出す。
「お休みの所、わざわざお疲れさまです」
「いや・・一向に構わない・・」
 馬堂との身長差故に見上げて喋るのが常だが、今日は首の角度がきつく、座っている事と同時に恭介に抱かれている格好なのを思い出す。
「恭介さん、ありがとうございました。お陰様で、暖かかったです」
 馬堂から視線を移して恭介へ礼を述べる。その後、離れようとしたのだが。
「まだ鑑識は終わってないみたいだし、このまま居ろよ」
 動けたのは、数センチ単位。浮きかけた身体は腰に廻された腕がすぐさま引き戻してしまう。
「いやいや、そういう訳にもいきませんので・・」
 今までの親切を思えば乱暴に押し退ける事など論外で、カモメ眉が情けなく下がる。どう事態の打開を計ろうかと成歩堂が困っていると―――。
「・・ボウズには・・重要な用事がある・・」
 ゆったりと顎を擦った馬堂は、徐にその手を伸ばし。
「うぉっ!?」
「チッ」
 成歩堂の両脇に差し込んで、まるで大根を土から引き抜くかのごとく成歩堂を脱出させる。恭介もすかさず腕の輪を閉じたけれど、馬堂の方が一瞬早く。しかも下から止める力より上へ引く力が有利に働く為、するりと奪われてしまった。
「・・目撃した事を・・話してくれ」
 先輩刑事に対して不遜すぎる舌打ちと目付きを一顧だにせず、馬堂は詳細を尋ねた。
 一応地面には下ろしたものの、両腕で囲い込んだまま。開いたトレンチコートで成歩堂の身体がほぼ隠れる位―――即ち、密着したまま。とてもではないが、事件の話をする体勢ではない。
「馬堂さん、近すぎですよ。テキサスの荒馬に蹴られちまいます」
 ツッコミを入れたのは、成歩堂ではなく恭介。
 段々と、醸し出す雰囲気が不穏なものになっていく。これがマックスまで行くと、愛銃のマグナムを抜き放って暴走するのだ。
「え、えーと、事件の話ですね!」
 冷や汗をかいた成歩堂は、急いで声を張り上げた。全力で馬堂から距離を取ろうとしてもビクともしないから、せめて空気を違う方へ持っていこうと試みる。
 恭介も馬堂も、仕事に関しては『基本的に』私情を挟まないと知っているから。
「バンビーナ、ちゃっちゃっと話して、ちゃっちゃっと離れな」
 案の定、テンガロンハットの鍔を深く押し下げて険しく吊り上がった眦を隠し、恭介が一歩譲る。安堵の溜息を喉奥で飲み込み、成歩堂は相変わらずな密着度に頬を引き攣らせつつ説明を始めたのだった。




「―――それは、僕も気になりました。でも、入り口との角度を考えたら、その可能性は低いんですよね・・っ・・」
 真剣な表情の成歩堂が、ピク、と身体を揺らす。懸命に反応を抑えているのでブレ幅は小さいが、不定期に、ずっと続いている。
『もしかして・・』
 成歩堂の予想は、確信に近付きつつあった。トレンチコートでその動きは隠れているが。馬堂の手は、あちらこちらを彷徨っていた。ソフトタッチなのにどこか粘っこい接触で、非常に居心地が悪い。ムズムズ、する。
 馬堂の表情や口調は普段通りでも。これはセクハラ、だ。
「馬堂さん・・お酒、呑みました?」
 指が際疾い部分を掠め始めた為、またしても冷や汗を掻きつつ思い切って核心にツッコむ。
「・・朝から・・・二升ばかり・・」
「やっぱり」
「二升?!」
 成歩堂は納得して頷き、恭介は驚きで苛々もすっ飛んだ。馬堂が酒に強いのは知っていたけれど、二升も呑んでおいて全くそれが態度に現れない程だとは。成歩堂が指摘しなければ、最後まで気が付かなかっただろう。
「バンビーナ、よく分かったな?」
 恭介の疑問は、もっとも。成歩堂を見る目が、刑事のソレになる。
「い、いやぁ・・何となく、ですよっ」
 ぎこちなく視線を逸らし。ダラダラと汗を伝わらせ。成歩堂は、誤魔化しにかかった。
 『馬堂さんが呑み過ぎると、セクハラが酷くなるんです』
 真実でも、言えない事はある。馬堂が一定量を超える度、現状と同じ目に遭ったから分かったなんて。正直に告げたら、何となく、恭介のマグナムが火を噴くような気がする。
「・・・ボウズ・・俺を見ろ・・」
「さぁ、キリキリ喋っちまいな?」
「ま、待った・・っ!」
 果たして、成歩堂はこのピンチを乗り越える事ができるのか。