包んだ温もりが、内側から心を暖める。
成歩堂は。
トラブルメーカーという形容しか浮かんでこない幼馴染みとは、ベクトルが違えど。騒動の中心に在る頻度なら、矢張に匹敵すると恭介は考えている。
今日も切羽詰まった調子で連絡してきたと思ったら、現場の調査をしていてうっかり、偶然、隠し部屋を発見してしまったらしい。オイオイ、と悪友に似た吐息を吐いて鑑識と共に駆け付ければ、玄関脇の階段にビリジアン手前の青褪めた顔で腰掛けていた。
「バンビーナ、お手柄だったな」
まずは現場確認と鑑識へ指示を出してから玄関まで戻り、改めて成歩堂を労う。
「・・お疲れ様です。すみません、お手数をかけちゃって」
幾分萎れた調子ながら、挨拶を返す成歩堂。謝罪を付け加えたのは、恭介が担当刑事ではないから。担当刑事から現場を視察する許可をもらった時に、今日は非番だと聞いていた為、取り急ぎ知り合いの恭介に連絡したのだ。
「謝る事はない。どうやら、進展しそうだし」
「やっぱり、殺害現場なんですか?」
「九割方」
「そう、ですか・・ぅぅ・・」
前の現場検証で見逃していた証拠が新たに浮上したとなれば、鑑識のプライドはさておいて事件解決には多大な貢献となる。最初に声を掛けたように、賛辞と感謝を伝えるべきだろう。
しかし、成歩堂は含羞む所かまた顔色を悪くして口元を押さえた。
証拠保全の為、隠し部屋へは一歩も入らなかった筈。それでも入り口から部屋の中―――赤黒い染みで埋め尽くされた―――は、ばっちり見える。無惨な状態の遺体写真には既に目を通していたから、ホラー映画に匹敵する映像が脳内で出来上がったに違いない。
「落ち着いたら、誰かに送らせる」
成歩堂がスプラッタ嫌いな事を知っている恭介は隣に腰掛け、ゆっくり背中を摩ってやった。凄惨なシーンを目撃するのが成歩堂の仕事では、ない。従って、軟弱だとからかう気もない。
「いえ・・・鑑識さんが終わる頃には治るでしょうし、大丈夫です」
そして軟弱でない証に、成歩堂は恭介の申し出を辞退した。
「少なくとも、一時間はかかるぜ。事務所の方は平気なのか?」
一度外された規制線が再度張り巡らされ、鑑識の作業が済んでからでないと成歩堂の調査に許可は下りない。隠し部屋は狭いが、重要証拠になる線が濃厚だから捜査は入念に行われる。終業時間まで一時間以上ある事を気遣っての発言だった。
「元々直帰するつもりで、事務所は閉めてきたんです。それに、もう少しで全体像が掴めそうなんで・・」
「なら、テキサスの荒馬みたいに突き進むといいさ」
「ははは・・・」
現実に打ちのめされても。この青い弁護士は『真実』を求めて何度だって澄んだ瞳を上げる。その直向きさが、恭介を惹き付けてやまない。
「バンビーナは、またウチと検事局をロデオさせる気らしいな」
状況証拠から、警察は成歩堂の依頼人を逮捕し。担当検事になった御剣は、『有罪』というロジックを確立すべく準備を始めている。依頼人はこの家の構造をよく知る立場にあったから、隠し部屋の事をも敢えて黙秘していたと受け取られる筈。
状況は、かなり不利。
なのに、成歩堂に諦める様子は微塵も伺えなかった。それ即ち、警察と検察が煮え湯を飲まされる確率が高い事を指す。
「異議あり! 振り回してなんかいませんって・・っ!」
フルリ。
恭介の揶揄に慌てた成歩堂が、大きく身体を震わせた。また吐き気を催したのかと思ったが、己の腕を抱くようにする姿から判断すると寒気に襲われたらしい。
長く続いた猛暑がようやく終わり、つい数日前とは十℃以上も差のある秋の夕暮れ。調査の際は動き回るので成歩堂は大抵薄着で来て、今日もシャツ一枚だった。けれど薄暗くなりかけて照明はつけても、暖房を入れる不届き者はいない。
室内でも気温は低く、血の気が引いた事もあって体感温度がだいぶ下がったと考えられる。
「こっちに来な、バンビーナ」
「うわっ、恭介さん!?」
恭介は成歩堂の身体をポンチョの中へ招き寄せ、後ろから抱え込んだ。氷のような肌に、恭介の熱を分け与える。
「鑑識が仕事を終えるまで、スキンシップしようぜ」
恭介に凭れかかる体勢にし、嘔吐き対策に二の腕の辺りをゆっくり撫で下ろす。
「いやいや、お仕事があるでしょうに」
労り、暖めてくれるのは嬉しいものの、恭介が現場の指揮を執るのを邪魔できないと成歩堂はジタバタ藻掻いた。それを更に懐深く引き入れ、わざとトーンと落とした声音を耳朶へ吹きかける。
「あいつが来るまでの代理だから、いりゃあいいのさ。その間、思う存分イチャイチャできる」
担当刑事は非番なのだが、恭介が連絡を入れたら今から行くとの返答で。成歩堂を宥める為の詭弁ではなく、担当刑事が到着するまで統括の立場を務めていればいい。
「その表現、おかしいですから!」
何だイチャイチャって、と成歩堂がぎょっとした顔付きをしたが、鼻歌交じりに身体全体で包んだままほんの少し揺らしていると抗議の間隔が長く、小さくなっていき。
「・・・・・・」
五分も経てば深い寝息をたて始めた。連日駆け回っていて疲れが溜まっている所にあのショッキングな現場では、かなり堪えた事は推察に難くない。
弱音や愚痴を吐き出せる関係には、まだ、なっていないから。
でも、腕の中で落ち着いてしまう位には気を許されているから。
一歩ずつ、距離を縮めていく。
とりあえず、睡眠学習で恭介の体温と感触を意識下に植え付け。成歩堂が目を覚ましたら、その無防備っぷりと愛らしさを篤と話して柔らかい頬を染めさせよう。
別段華奢でも小さくもないけれど、恭介には何よりも可愛く思える肢体を大切に抱え、確かな温もりに心癒されながら恭介も静かに瞼を閉じた。