訓練中の警察犬、ミサイルは。警察犬としての素質はともかく、賢い犬である。
キューン。
「あれ? どこかで見た事のある犬だなぁ・・・」
いつの間にか足元に座っていた犬を見下ろし、成歩堂は顎に指をあてた。首輪はちゃんとしているが、本来ならリードが繋がっているのであろう部分には金具しか付いておらず、何らかの原因でリードが外れてしまったようだ。
とりあえずしゃがんで頭を撫でつつ、鑑札を見てみると。
「ミサイル号・・? ああオマエ、イトノコさんの所の犬か」
ワンッ!
まるで成歩堂の言葉を解したかのごとくのタイミングでミサイルが吠え、成歩堂のドングリ眼が更に見開かれる。
「いやいやいや、まさかね」
ワワンッ!
ミサイルがピッと右前足を上げたが、『異議あり』のポーズではない筈、と成歩堂は犬相手にタラリと汗を流した。
「あ、イトノコさん? 今、話して大丈夫ですか?」
『すっごく忙しいけど、全然構わないッスよ!』
「(どっちなんだ・・)えーと、イトノコさん、どこにいます? 実はミサイル号が検察局の東口にいるんですよ。どうやら、リードが外れちゃったみたいで」
『うぉおっっ!そこにいるッスか!探してたッス!!』
スピーカーから大音声が迸り、思わず携帯を遠ざけてしまう。
「イトノコさん、探してたってよ〜」
ワンッ!
ボリュームが下がるまでの間、のんびりミサイルとやり取りし。現在警察局にいると判明した糸鋸と、ちょうど中間地点で落ち合う事にした。
「うーん。ノーリードはまずいよなぁ・・」
小型犬といえど、公道でのノーリードはマナー違反だ。通話を終了した成歩堂が、小首を傾げる。すると成歩堂の真似なのか、ミサイルも小さく鳴いて首を曲げたものだから、その愛くるしさに笑みが漏れてしまう。
今日の成歩堂は書類でパンパンな鞄の他に、警察局の資料室に返却するぶ厚い参考資料の詰まった大きな紙袋を持っている。ミサイルを運ぶには、片手でかなりの重量になってしまう荷物を抱えなければならない。
一瞬躊躇ったものの。
「大した距離じゃないし、おいでv」
この後依頼人に会う予定はないからいいか、と成歩堂はミサイルに向かって両手を広げた。ワフッ!と嬉しそうにジャンプしてきた受け止めたのだが。
「お、重い・・(汗)」
見かけの割にずっしりときて、そういえばトノサマンジュウが好物だったと遅れ馳せながら思い出した成歩堂だった。
「ぬおぉっ!あいすまねッス!手間かけたッス。・・でも、アンタ少し鍛えた方がいいッスよ」
「ははは・・」
『大した距離』ではなかったのに、汗をびっしょりかいて腕をプルプルさせている成歩堂に、悪気はないが率直すぎる突っ込みがなされる。
「ちょっとここで待つッス」
植え込みの木陰に座らせて、糸鋸は自販機でスポーツドリンクを購入してきた。
「飲むッス。法廷でもないのに、すっごい汗ッスよ」
「・・ありがとうございます」
糸鋸の印象も『崖っぷち』なのかと思うと複雑だったが、好意に突っ込みで返すのも失礼だったので、感謝だけに留める。
「訓練中にいなくなったから、ビックリしたッス。いつもはこんな事、ないッスけど・・」
首輪にリードを繋ぎながら糸鋸がミサイルを窘めるものの、ミサイルに反省した様子はない。逆に、どこか誇らしげだ。
「どんな訓練してたんですか?」
チワワが警察犬に向いているとは思えなくとも、糸鋸の必死さを知っているのだからそれは禁句だろう。
「探索訓練ッス。匂いで、隠しておいた物を見つけ出させるッス」
トノサマンジュウへの嗅覚があれ程優れているのだから、その分野を伸ばすべきだと考えたらしい。が、途中で突然、駆けだしてしまったのだと。
「まぁ、一朝一夕でできる事じゃないですから・・」
無難な慰めを口にする成歩堂。それでも糸鋸は十二分に勇気付けられたのか、その後、荷物を持って警察局まで送ってくれた。
思いもがけない出会いと、のんびりまったりした一時。
それは紛れもなく、ミサイルがいたからこそ。
ミサイルは、警察犬としての素質はともかく。
ご主人様の『好きなモノ』を嗅ぎ分ける力に優れた、賢い犬である。