スリ・・
項へ鼻先がくっつけられる。二・三度感触を確かめるように、また狼の体温を教え込むように擦り付け。
チュッ
満足したのか気が済んだのか、短くキスを一つ。
狼がしょっちゅうやるこの仕草は、昔、隣の家で飼っていたジャーマンシェパードを思い起こさせた。
恐そうな外見とは裏腹に、その犬は非常に人懐こくて。背後に回り込み。フンフンと首裏の匂いを嗅ぎ、濡れた鼻面をべっちゃり押し付け。小さく吠えた後はのし掛かって成歩堂を押し倒し、尻尾を千切れんばかりに振りながらそこら中を嘗めまくる。
慕ってくれるのは嬉しくても、毎回毎回ベタベタにされた為、よく母親に怒られたものだ。しかも―――偶々目撃した友人に指摘されるまで成歩堂は気が付かない、というより知らなかったのだが―――犬は発情の兆しを見せており、雌犬と間違われていたのか・・とショックを受けた記憶もある。
その話を狼にしたら、そこはかとなく不機嫌になった。
犬と同列に扱われたのが癇に障ったのかと思いきや。『犬にまで気に入られるたぁ、やっぱり龍一は危なっかしいな』と独占欲を燃え上がらせ。縄張りを主張するべく、ほぼ一日をかけてマーキングされまくった。
その際、犬と違って狼は添い遂げたら伴侶にしか発情しないだとか、伴侶を見付ける前も無闇矢鱈に盛ったりマーキングしたりしないなどと熱く事細かに説明していた。
正直、まともに話を聞いていられる状態ではなかったものの。
過去の。しかも犬相手のエピソードで過剰すぎる程反応された成歩堂は犬に対抗意識を燃やしてどうする、と呆れ。ほんのちょっぴり微笑ましくて。数日間、ぎこちない動きしかできなったにもかかわらず、異議は立ち消えになった。
「・・・ッ・・士龍さ、ん・・!」
だが。
スマックから、肌に触れている時間が長いキスへ。更に、ねっとり吸い付きだしたら。これはもう、スキンシップなどと可愛いものではない。はっきりと、危険信号が明滅している。
「擽ったいから、止めて下さいっ」
「うん? 擽ったいだけじゃねぇだろ?」
「いやいや、そういうことではなくて・・っ!」
ガブリ、と脳内で音が生じる位に勁い歯を立てられ、成歩堂は身を竦めた。その拍子に狼の身体が密着し、硬くて熱い感触を察知したものだから、硬直している場合ではないと慌てて藻掻く。
「あー、イイ匂いだな・・・ホント、めちゃムラムラするぜ」
「ま、待った!」
「応」
「ぇぇええっ?!」
制止に頷いておきながら、狼の手は止まらず唯一着ていたTシャツの下へ潜り込む。と同時にピッタリ下半身を重ね合わせ、布一枚も纏っていない肉塊を柔らかい太腿の間へ無理矢理挟ませた。
「士龍さ・・ッ、ぁ・・」
クチュ、チュプ、と小さくはない淫音が聞こえ、成歩堂は必死でシーツの上をずり上がる。
形状も。硬度も。濡れ具合も発熱も克明に伝播する抜き身の刀が、皮膚の上を滑らかに行き来する。時折奥まった部分を掠め、その度ぶわりと沸く神経を爪弾くような刺激は忌避が由来でない悪寒を呼び起こした。
「も、首は・・・っん!」
腰骨を掴んだ腕が易々と数秒前の位置へと戻し、髪の生え際、肩へのライン、椎弓を舐られる。狼の熱が食まれる皮膚から成歩堂の内部に侵入し、浸食する。
「・・ゃ、め・・」
じんわり下肢が火照るのを感じ、成歩堂の焦燥はピークに達した。
「ここは龍一のイイ所なのに、何で嫌がるんだ?」
「なっ!?」
「挿れてる時、ここを弄るとぎゅうぎゅう締め付け――」
「わーっっ!!」
ビタン!
火事場の馬鹿力的な勢いで上半身を捻り、狼の口を手で塞ぐ。勢いがつきすぎて大きな音がしたものの、成歩堂自身驚いたものの、やってしまった事は取り返しがつかない。
「・・・龍一・・」
あっさり外された指が、ゆっくり、殊更見せつけるように尖った犬歯で齧られる。口端が描くカーブは、酷く不穏で。思いがけない反撃を食らって嗜虐心が煽られたというのではなく。これ位余力があるのならもうちょっと貪っても平気だな、と判断しての笑みだった。
方向性は違うし、後者の方がまだましではあるけれど、大同小異。つまり、ピンチ。
「あの、ご、ごめんなさい! わざとじゃないんですけど・・っ」
叩いた形になったのは悪いと反省しつつ、そもそも狼が恥ずかしい事を口にしたからだよね、と心の中でツッコむ。
「どうやら異議がありそうだから、じっくり検証しようじゃねぇか」
「は? いやいや、却下! 謝りますから・・っっ!」
成歩堂はビリジアンになって、訴えたが。
優秀な刑事である狼は―――見事、自白を引き出した。