直ナル

Lock on




「今週の日曜、用事ないよね?」
「え、はい―――はい?」
 会話の中で、極々さりげなく織り込まれた質問に極々さっくり答え。一拍遅れてさっくり答えてはいけない質問だったと気付く。
 でも、既に手遅れ。
 直斗はとっても爽やかに笑った。
「よかった。なら、デートしよう」
「えええぇ・・」
 やはり、『裏』があった。どうして予定を把握しているんだとツッコミたかったが、ツッコんでもいつものごとくキラキラスマイルではぐらかされるだろう。そして用事がないと認めてしまったからには、たとえ内容が『デート』だとしても今更断れない。
 お人好しで押しに弱い成歩堂が精一杯の勇気を振り絞って断ったとしても、直斗が聞き入れるかどうかは、また別の話。
「時間と場所は、メールするからね。じゃ、お邪魔しました〜」
 どうしよう、どうしたら切り抜けられるのか、と成歩堂がだらだら冷や汗を掻いているのを尻目に、直斗はさくさく話を進めると軽やかに事務所の出口へ歩いていった。
 扉を開け。
 くるりと振り返り。
 唇に指をあて。
「三回目、だから。期待してねv」
「!」
 思わせ振りな笑みと台詞を残し、成歩堂が息を呑んでいる間に直斗の姿は消えていた。




 告白はされた。
 手を握られた。
 キスも、手の甲へ何回か。
 二人きりで会う、『デート』に分類される付き合いは二回。
 羅列すると、順調に交際が進行しているように思われるが。一つ、大きな問題がある。―――成歩堂は、OKしていないのだ。
 唐突さと、怒濤のアプローチと、断ろうとすると酷く哀しげな雰囲気を醸し出し成歩堂に罪悪感を覚えさせるという斜め45°かつ効果的な手法で、丸め込み。有耶無耶にし。周囲の大多数は、二人が恋人同士だと認識している。
 が。
 しかし。
 OK、していない。重要だから、二度言ってみる。
 早くも、携帯は直斗からのメールを受信した。ここまでお膳立てされては、成歩堂のスキルで回避は不可能。『デート』という概念を無理矢理思考から消去すれば、直斗と出掛けるのは楽しいから…と己に言い訳しつつ今まではやり過ごしてきたけれど。
 『三回目』
 わざわざ強調された言葉が、ぐるぐる頭を駆け巡る。
 以前、直斗はこう告げた。
 『一回目のデートで映画を見て。二回目で手を繋いで。三回目のお出掛けでは、別のトコにキスするから』
 一回目も二回目も、宣言通り。となると、三回目も実行されるのではないと疑ってしまう。『別のトコ』って、どこだ? 去り際、直斗は指で唇に触れていた。・・・まさか、お約束の場所なのか?
 これまでは、過剰なスキンシップと思えば―――成歩堂の周りには、スキンシップ大好き人間が多い―――何とか流せた。だが、そのようなアレに至ってしまえば益々退っ引きならない状態に陥る。何とかして、避けなければ。
「うわぁ・・どうしよう・・」
 成歩堂は、頭を抱えた。いくら考えても、対応策が思い浮かばない。
 斯くして、日曜まで悶々と過ごした成歩堂であった。




 親愛の域を出ていない事なんて、よく分かっている。非常識な行動をしていても、至極常識的な思考をしている事も。
 それでも、決めたのだ。欲しいと、思ったのだ。
 まずは、成歩堂に意識してもらう事から始める。きっと今頃、成歩堂の頭は直斗で埋め尽くされているだろう。恋愛的な意味で。それこそが、狙い。
 じっくり時間を掛けて。策略を練り。外堀を潰し。正直、こんな手間暇をかけた相手はいない。面倒臭い所か、成歩堂の事を想う一秒一秒が愉しくて仕方がない。まだ、二人の気持ちは距離がありすぎるものの。
 いずれ、頭ではなく成歩堂の『心』を直斗で一杯にする。