牙琉ナル

譲渡不可




 一人っ子の成歩堂は、当然兄弟喧嘩なんてした事はない。牙流兄弟と知り合うまでは、見る事も少なかった。
 もし、目の前で繰り広げられているものが世間一般の、普通の兄弟喧嘩ならば。一人っ子でよかったとしみじみ思う。
「年長者を敬おうという気がないんですか? これだから昨今の若い者は・・」
「尊敬に値する人に対しては、ちゃんと敬意を払ってるよ? 成歩堂さんとかね☆彡」
「ならば成歩堂の意を汲んで、大人しく引き下がりなさい。成歩堂は、私と初詣に行きたがっているんです」
「成歩堂さんはボクとの方が、気楽だよね? 帰りに美味しいお汁粉、食べようよ」
 どちらとも約束なんてしていないし、乗り気でもない。そう言えたら、どんなにいいか。
 だが反論すると、その時だけ息もぴったり二人がかりで成歩堂を説得しにかかるのだ。過去何度となく体験してきたから、こういった場面では時には沈黙が金以上に価値を発揮すると知っている。
 滅多にないが、本当に運が良ければ、二人が言い争っている間に逃亡する事もできた。
 まぁ、かなりの高確率で兄弟間の決着がつかず、三人で行動する事になるのだが。この一見平和的なオチは、毎回成歩堂の気力体力を甚だしく削ってしまう。
 知性と教養が感じられる容姿と、ノーブルな所作。酷薄そうな所も、あのクールさが良いのよ!と頬を染める女性が多い霧人。
 一方、ただ立っているだけでも派手な格好とアイドルオーラで人目を引き付ける響也。気安く明るい性格は、老若男女問わず好かれる。
 片方だけでも耳目を集めるのに、二人が並び立つと、相乗効果でどこに行ってもちょっとした騒ぎが起こる。法廷ならいざ知らず、街中で注目を浴びる事に慣れていない成歩堂は、一緒に歩くだけでもかなり疲れる。
 しかも彼らは外野がいる事など全く考慮せず、成歩堂の取り合いをいつでもどこでも勃発させるものだから・・・二度と行けない場所は、着実に増えている。
 消極的ではあるけれど、どちらかが相手をやりこめるのが成歩堂にとって『マシ』な決着。
 そして、最悪のパターンは。
「埒が明きません。・・・成歩堂に聞いてみましょう」
「答えは分かってるけどね―――受けて立つよ」
「いやいやいや、三人で初詣に行こう!」
 不穏な流れを察知した成歩堂は、ビリジアンになった顔色を自覚しつつ、急いでコートと手袋を掴んで立ち上がった。
 ちなみにここは、成歩堂の事務所である。待ち合わせ場所を霧人の家か事務所にするのを響也が、響也のマンションにするのを霧人が嫌がり。二人して成歩堂のアパートに来たがったのを、成歩堂が断固拒否した結果の妥協案。
「いえ、どちらにせよもう一つ決めなければならない事がありますし」
「こっちも譲れないなー。成歩堂さん、ボクを指名してくれないかい?」
「お参りして、煩悩を祓ってもらった方がいいと・・」
 成歩堂の右手を霧人が。左手を響也が。がっしりと掴んで、玄関から遠ざける。成歩堂の顔はビリジアンを通り越して、最早、洗い晒しの紙のよう。
「煩悩を祓うのは、除夜の鐘ですよ。相変わらず、適当な事を言っていますね。正月呆けですか?」
「なら、今日は目の覚めるようなビートでガンガン攻めようかな☆」
「ハッ・・体力しか頼る術のない若造は、退いていなさい。成歩堂は、嬲られるのが好きなんです」
「待った! 攻めなくていいし、マゾでもないです! っていうか、脱がすなぁっっ」
 ソファに押し倒され、次々と服が剥ぎ取られ。涙目になりつつ抗ったものの、二人してのし掛かられては徒労に終わる。
 お前達、本当はすごく仲がいいんだろう!?とツッコミたくなるコンビネーションだった。
「成歩堂さん、着たままがいいの? うわぁ、萌えてきたー」
「嫌がるその様が、堪りませんね。・・・響也、一番手は私に譲りなさい」
「やだ。兄さんこそ、たまには度量を広く持つべきじゃない?」
「何を、フザケた事を。一年に一度しかない、姫始めですよ」
「こっちだって、真剣なんだけど」
「では―――」
「じゃぁ―――」
「「同時に」」
「異議ありぃっっ!!」
 この兄弟は。
 喧嘩をしていても、していなくても、厄介だ。