黄昏のグラデーションが暗色に殆ど支配され。街灯が途切れた部分では、一足先に闇の帳が降りた頃。
ソレは、地面に落ちた影のようだった。周囲に、というより闇に溶け込んでおり、時折擦れ違う人はこぞってただの暗がりだと思っていた所から現れた長身の男にぎょっとしていた。
中には小さな悲鳴を上げる女性もいたが、当の本人は一瞥すらしないまま相変わらず足音を立てないで歩き続ける。空気すら乱していないのではないかと錯覚するような、気配を消した移動が『人』らしさを薄め。
辛うじて生身だと判断できる材料は、歩く都度後ろに流れる白い筋。チカリ、チカリ、と小さな赫が瞬くと、細い息に紛れて紫煙が棚引く。
幽霊は煙草を吸わないよな、と運悪く出会ってしまった人達に怖い想像をさせる夕暮れ時の馬堂だったが。
「・・・あ、馬堂さん。今晩は」
違った意味で存在感のある彼に慣れた成歩堂は迷う事なく見つけ出し、挨拶した。
「・・・お疲れ・・」
「どうしました? 仕事絡みなら、事務所に戻りますけど」
帰宅コースを歩いていた成歩堂の正面からやってきた為、もしかして事務所を訪れる所かと考えたのだ。しかし、馬堂は静かに首を振った。
「いや・・目的は・・ボウズだ・・」
「そ、そうですか」
この暗さでは見えないだろうが、成歩堂の頬が仄かに染まる。直裁に『会いに来た』と告げられて照れる理由は、一応、二人の関係がそのようなアレだから。
一応、とつくのは決定的な一言がないままあれよあれよという内に既成事実ができ、今でも一夜の過ちでは片付けられない位に回数を重ね。独占欲も所有権の主張も、居たたまれない程の溺愛も成歩堂の他には向けないので、そのようなアレなのか?と成歩堂は何となく受け入れてしまっている。
「知っているか・・?・・今日は・・パンツの日らしい・・」
「―――は?」
曖昧な状態での付き合いには耐性のついた成歩堂でも、馬堂の突拍子もない言動は未だついて行けなかった。渋く、ハードボイルドを具現化したような容姿から放たれる『パンツ』は強烈で。ぱっかり大口を開けて馬堂を見詰める。
「・・本命に・・パンツをプレゼントするんだと・・」
成歩堂の驚きを余所に、トレンチコートへ手を突っ込んだ馬堂が取り出したのは、いつものキャンディではなく。が、キャンディの包装紙にも負けずカラフルな―――Gストリング。
「いやいやいや!!」
目の前に突き出され、成歩堂は一m以上後退った。贈り物は嬉しくても、内容がアレではとてもとても受け取れる筈がない。見るからに布の面積が少なくて、下着としての機能を果たせるのか疑わしい。それ所かモロモロ食み出しそうな、いかがわしいシロモノだ。
「・・穿いて・・くれ・・」
「異議あり! そんな恥ずかしい事、できませんっ」
いつの間にかするする距離を詰めた馬堂は、改めて成歩堂の手に猥褻物寸前のモノを握らせようとする。トランクス派の成歩堂が許容できるラインはボクサーパンツなので、ビリジアンになって必死に抗議した。
「・・・大丈夫だ・・」
力一杯抗っているのに、秒毎に成歩堂を搦め取って押さえ込みつつある馬堂が、口元を綻ばす。今日初めて現れた表情らしきものだったけれど、残念ながら、成歩堂にとっては吉兆ではなかった。
「パンツが気にならない位・・もっと恥ずかしい事をしてやるから・・」
「ひぃぃっ!?」
今の発言のどこに、安心できる要素があるのか。100%、不穏だ。
「・・・よし・・」
ツッコミも忘れて戦いた成歩堂をまじまじ見詰め、何故か満足げに頷いた馬堂は。身長も体重もそれなりにある成歩堂を軽々と肩に担ぎ、夜の闇に紛れたのである。
本当に破廉恥な下着が意識から飛ぶ程、恥ずかしい事をイロイロ延々された成歩堂に。
馬堂が、事後の一服を嗜みながら実は『女性が男性にパンツを贈る日』だとカミングアウト&謝罪したものの。
気力が残っていたらツッコんでいたであろうポイントは、勿論ソコとは別。