狼ナル

もしも狼が逆裁5にいたら




「よお、お嬢。元気そうだな」
「狼さん。お久しぶりですっ」
 アポもなく突然なんでも事務所を訪れた狼を見るなり、みぬきは足取りも軽く駆け寄った。
「野暮用が重なってな。代わりに一週間の休みをもぎ取ってやった」
 柔らかい髪の毛をそっと撫でれば、ぱぁっと可愛らしい顔が明るく輝く。
「パパ、喜びますよ! 今、依頼人とお話ししてるから、十分位待ってて下さいね」
「ああ。これ、いつものだ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「狼さん、毎回すみませんね〜」
「・・・お気遣いなく」
 さりげなく狼の訪問を歓迎する人物を限定され、苦笑しつつ持ってきた袋を渡す。中身は七割がみぬきへの土産で、残りの三割はそれぞれ最近成歩堂なんでも事務所へ所属した心音と、一丁前に狼へ敵愾心をチラつかせるツノ付き小童と、成歩堂へ。
 恋人である成歩堂の分が少ないのは、狼自身が一番の土産だと自負しているからさておいて。割合の片寄りは、そのまま重要度の現れ。
 みぬきの発言からも分かるように、狼は成歩堂の恋人として完全に認められている訳ではない。邪険な態度もとらないし、懐いてくれているけれど、無邪気な笑顔の奥にある冷静な眼差しは出会った時からずっと同じ。
 これでも、昔よりマシになったのだ。みぬきと初めて会ったのは、例の事件から半年が経過した頃。親になった成歩堂にようやく心から打ち解けてきた状態で、敵か味方か判別しかねる狼を受け入れる方が無理だ。
 成歩堂と恋人になるのも大変だったが、みぬきのお眼鏡に適うのも別の意味で飛び切り難しい任務だった。八年が経った今でも、気は抜けない。
 同時進行で万が一にも失敗が許されない、難攻不落名なミッションを思い起こすと、剛胆で怖いモノ知らずと評判の狼でも遠い目をしてしまう。その甲斐あってを手に入れられたのだから、苦労は補われて余りあるが。
 カチャリ
「じゃあ、よろしくお願いします」
「はい、お任せください」
 みぬきが心音達と土産を広げているのを眺めながら回想に耽っていると、慣れ親しんだものより余所行きモードの声が開いた所長室から流れてきた。
 吸い寄せられるように顔を上げた狼と、依頼人の見送りを王泥喜に任せた成歩堂の視線がパチリと合い。はっきりとした驚きと―――喜びがその黒瞳に浮かんだ。けれど依頼人がまだ事務所内にいる為、成歩堂はそれ以上動かず。
「士龍さん、元気そうで何より」
 依頼人の姿を玄関の扉が隠した後、初めて歩み寄り、嬉しそうに笑い掛ける。
「見掛け程、元気じゃねぇよ」
「え!?」
 狼もゆったりとソファから立ち上がり。成歩堂が射程距離に入った途端、腰へ腕を廻して抱え上げた。身長も体重もそれなりにある成人男性を片腕だけで掬う腕力は常人離れしているが、今更それに驚くような者はこの場にはいない。
「し、士龍さん! 下ろしてくださいっ」
 成歩堂が慌てているのも、驚きより恥ずかしさから。しかし狼は全く取り合わず、また制止の声も上がらなかった。約一名、物凄く止めたそうな表情をしていたけれど。
「所長、一時間ばかり休憩させるぜ」
「分かりましたー」
「一時間だけですよ!」
「・・・ここで休憩すればいいと思います」
 成歩堂の抵抗と約一名の提案を却下し、心音の了承とみぬきの目が笑っていない笑顔だけを受け取り、狼は所長室へ入っていった。




 一時間もあれば、イイ事はできるものの。キスとハグと際疾いセクハラで留める理由は、以前狼が暴走して突っ走った時、長期間接近禁止命令が下されたから。仕事が終わればゆっくり触れ合えるとはいえ、狼がそこまで大人しくできる訳もない。
 斯くして、ぎりぎり一線を越えないスキンシップが折衷案となった。ほんのり上気して『ニットさん』時代を上回る艶を醸し出した成歩堂をあまり他の男に見せたくはないが、成歩堂の恋人が誰かを主張するには効果的な方法で。
「ん・・士龍さ、ん・・」
「龍一、もっと喰わせろよ」
 他の男の匂いがついていないか確認すると同時に、己の存在をそこかしこへ刻む狼は。
 長い年月を費やしてようやく手に入れた成歩堂を、この先手放すつもりなど毛頭なく。一生をかけて喰らい尽くすと決めていた。