目覚めて枕元の時計を確認した成歩堂は、二度寝を決め込み、ぬくぬくとした布団に潜り込んだ。その腕に冷たい感触がコツリと当たり、昨晩、布団の中で大晦日にまたしても振られたという矢張とメールをしていた事を思い出す。
取り出してみれば、着メールのランプが光っている。矢張の泣き言メールかと思いきや、知り合いからの『あけおめ』メールが何件か。
その中には、狼からのもあって。大晦日の朝早く、狼が滞在している場所に合わせてメールを送った時の、驚きと嬉しさに満ちたレスが自然と脳裏に甦る。
日本時間は、黒服が調べたのだろうか。それとも、自分で検索したのだろうか。ちょっとした思いつきでやった事だったが、あんなに喜んでもらえれば本望だ。
・・・会いたい時に会えないのは、予想していたよりキツい。
トラウマから恋愛を忌避していた所もあったものの、成歩堂の知るどの恋情とも違う想いに、少々戸惑いつつも最後には受け止めた。正確には、狼の猛烈なアピールに流され、巻き込まれ、気付いた時には堕ちていた。もう恋は・・何て悠長に憂えている暇さえ、与えられなかったのである。
結果的には、それが功を奏してトラウマを克服できたのだろう。
「あー・・今年も、よろしく。健康管理に気を付けて―――よし、送信」
一人きりだとどうしても気が抜けて、一々口に出しながらメールを打ってしまう。無事送信されたのを確かめ、成歩堂は今度こそ二度寝しようと布団を被った。
その時。
ピンポーン
「ぇぇえ・・?」
ブーイングの溜息。元旦の朝早く、誰が来たのか。宅急便ならまだしも、勧誘だったら新年早々、キれるかもしれない。
ピンポーン、ピンポーン
うだうだしている間に立ち去ってくれるかという儚い望みは費え、再三チャイムが鳴る。成歩堂は仕方なくのそのそ起き、半纏を引っ掛けて玄関へ向かった。
「はい、何のごよ―――ぇえっ!?」
「龍一、A Happy New Year!」
素晴らしくネイティブな発音で新年の挨拶をしたのは、タンクトップにファー付き革ジャンの、冬でも元気溌剌な狼士龍。
「明けましておめでとうございます・・・っていうか、仕事は!?」
反射的に返し、それから慌ててツッコむ。ハロウィンの時も狼はかなりの荒技を繰り出し、その余波で黒服達は大わらわだったと、後から狼の部下に泣きつかれたのだ。あんなに献身的な部下をまたしても酷使したのなら、居たたまれない。
「ちっと時間ができてな。カッ飛んできた」
悪戯っぽい笑みに、黒服部下達へ何か滋養のつくものでも送らなければならない事を知る。
そんな成歩堂の葛藤と罪悪感などどこ吹く風で狼は軽々と成歩堂を抱え上げ、布団目指して歩き出した。
「おお、センベイブトンだ。変わんねぇなぁ」
以前訪れた時、その堅さに驚いていた狼だからポイと放り投げる事はしなかったが、己ごと倒れ込む。
「うわっ! そ、そういえば、どうしてここに?」
そのまま狼の顔が近付いてきて唇を塞がれそうになった為、成歩堂は焦って両手で押さえた。
「うぎゃっ」
しかし手の平を思い切り舐められ、慌てて離した隙に距離を縮められてしまう。
奇天烈なサングラスを畳へ投げ捨て、狼が強く熱く、成歩堂の瞳を射抜く。
「龍一に『お年玉』を持ってきたのさ」
「はい・・?」
わざわざお小遣いを渡しに? 親戚でもないのに?
成歩堂がぽかんとするのも、無理はない。
「お年玉は、ご褒美なんだろう? ご褒美に、めっちゃ頑張るぜ」
「いやいや、間違ってますから! 誤用ですから!」
狼の解釈と話の方向性が危うすぎて、惚けている場合ではないと成歩堂はさぁっと青ざめた。
「それに、姫始めは長続きの秘訣っていうじゃねぇか」
「どこから仕入れた情報ですか!?」
職業柄、ガセばかり掴んで大丈夫なのかとツッコミたい。けれど、わざとだったらどうツッコんでいいか分からない。
狼のニヤつきようを見るに、からかっている可能性の方が高い。とはいっても、如何せんまだ付き合いが浅いから読み取りきれない。
「細けぇ事は、いいだろ。―――時間は有効に使わなくちゃな」
「ま、待った・・ぁっ!」
その内狼の考えを読めるようになっても、狼の牙からは逃れられないのではないかとの不安が、ちらりと掠めた。