「Trick or Treat?」
「Happy Halloween!」
高く澄んだ声が、事務所一杯に響く。軽やかな笑い声が幾重にも重なり、楽しげな空気が風船のように膨らんでいく。
「パパ、これ見て!」
「なるほどくんみたいに、とんがってるよー」
「お帽子を被せた方が似ているのではないでしょうか」
少し離れた所に座っている成歩堂を、3対の目が見詰めた。どの双眸も煌めき、無垢で、曇り1つない。成歩堂はそれらの視線が眩しくて、ほんの少し逃れるべくニット帽へ手を伸ばしたが。
「・・・今日は、猫耳をつけた方がいいんじゃないかな」
すっかり慣れ親しんだ感触はそこになく。代わりにモフモフフワフワなモノを握ってしまった為、ぼんやり呟いた。
「あ、この三角チョコがいいかも」
「尻尾はこれにしましょう!」
「猫パパ、完成〜」
「あっはっはっ、よかったね」
テーブルから溢れんばかりのお菓子を寄せ集め、成歩堂らしきオブジェを作ろうとしている真宵とみぬきと春美は、それぞれ魔法使い・吸血鬼・魔女っ子の扮装をしており。成歩堂は、猫耳に尻尾を装着している。
みぬき達はともかく、イイ年のおっさんが猫コスをするなんてどうかと思うけれど。ハロウィンにガールズパーティを催したいという愛娘や真宵達の願いを、成歩堂が叶えない訳がない。その延長で、ガールズの中に一人成歩堂だけが混じる事もイタい格好をする事も、苦笑1つで頷き。
甘いものは別腹の乙女が3人揃っても、到底食べきれないお菓子や。雑然とした事務所が、ファンタジーに豪華にハロウィンイメチェンした飾りや。オーダーメイドの本格的な衣装に至るまで、完璧に準備してみせた。
成歩堂の財布はいつも空っ穴なので、幾人かの懐豊かな知り合いにニッコリ微笑み。野良猫のデレをちらつかせ。小悪魔的な技を繰り出すのも、苦にはならなかった。
―――彼女達が笑っていてくれるのなら。
小さな幸せでも、護る事ができるのなら。
自分という存在にも、ほんの少しの価値があるのではないかと思える。在る事を、赦せる。
「うわぁ、さつまいも味です・・」
「えー、これピーマンだぁ。外れたよー」
「ピンクっぽいから大丈夫かな。――まさかの梅干し!! マジック!」
「ねー、ナルホドくん。この毒々しいヤツ、食べてみない?」
ロシアングミという、名前からして怪しげなもので盛り上がっている真宵達をぼんやり眺めていたら、お鉢が回ってきてしまった。
「あー、うん・・飲み物を持ってきた後でね」
お裾分けとほぼ1本空けたグレープジュースで甘い物はもう充分摂取していたし、流石に実験台になるのは避けたかった為、成歩堂はふらりと起き上がり。パタパタとサンダルを鳴らしつつ、賑やかな輪から遠ざかった。
新しい瓶を冷蔵庫から取り出し、ほぼ条件反射で傾けて甘い液体を1口流し込めば、更に口内が甘くなり眉が寄る。
「まいった・・・」
小さく首を振った時、ふと視界の端に映ったのはクリスマス並にデコられた観葉植物のチャーリー。オブジェやお菓子が幾つもぶら下がり、その重さで葉や枝が痛まないかと少々心配になる。そっと撫でた葉は普段通りしっとりとしていて、細く安堵の息を漏らした。
「千尋さん・・・へたれないよう、見張ってて下さいね」
周りに誰もいなかったから。それでも声を潜め、成歩堂は唯一人の師匠へ囁きかけた。
護る事ができなかった彼女をいつまでも忘れない訳は、自戒の意もあるけれど。ただただ、永遠に慕わしく。今も昔も、心の支えだったから。
「――――――」
ふわり、と風が吹き。
瑞々しく、今日は煌びやかに飾り立てられた葉々が揺れ。
猫耳の辺りに柔らかい感触を覚えたのは、多分、気の所為。
けれど、どこかで『挫けたら容赦しないわよ』と発破をかける声が聞こえたようで。成歩堂は、普段の感情を覆い隠すものではなく。ひどく透き通った笑みを唇に刻み、チャーリーの葉を慰撫し続けた。