永遠に遺る




 概念的に言えば、『二回目の死』とはその人の記憶がどこにも残らなくなった時らしい。
 その考えに準えると、千尋は当分生き続ける。




 綾里の女にとって、彼岸と此岸の境界線は酷く曖昧だ。
 霊媒という形に限定されるにせよ、話せるし、触れられるし、感じる事ができる。意識体だけでも、見たり聞いたりは可能だった。
 故に『生きていない事は分かっているけれど、まぁこれはこれで』と何とも暢気に構えていた。
 カチャ
『あ、来た』
 そして今日も、ふらりと下りてきていた千尋は、よく知った気配に振り向いた。
「おはよう、チャーリー」
『お早う、成歩堂くん』
 出勤してきた成歩堂が最初に向かったのは、観葉植物のチャーリーで。傍らに置いてある霧吹きで水を与えながら挨拶し、様子を確かめる。
 成歩堂はお世辞にも几帳面ではないし、思い付きで行動しているような面が多いが。
 この声掛けと水やりを忘れる事も、順番を違える事も、過去一度としてない。
 ―――そう、千尋が鬼籍に入って以降。
「今日も元気そうだ。よかった」
『成歩堂くんも元気そうね。依頼が結審したからかしら』
 成歩堂からは見えないのを良い事に、成歩堂の顔5pの距離でじっくりチェックする。千尋が成歩堂の元を訪れるのは、殆どがこの時間帯。
 千尋はチャーリーを世話する表情が好きなのだ。何故なら、所長机の引き出しの奥深くにしまわれた、千尋の写真を眺める時と同じだから。
 成歩堂は、譲り受けたチャーリーを千尋と同一視しているようで。千尋への感謝や思慕をチャーリーへ投影し、大切にする。
 チャーリーの葉を拭きながら、たった一人の師である千尋を思う。
 千尋の時は止まり、だからこそ『永遠』と化した。
「今日も頑張るよ、チャーリー(千尋さん)」
『頑張ってね、成歩堂くん』
 空気の流れ程にも成歩堂が知覚する事はないが。
 未だ丸みの抜けない頬へ、守護のキスを。




 成歩堂がチャーリーを手元に置く限り。
 成歩堂の心の一部は、千尋が生き、在る場所。
 決して誰も侵せない、千尋のモノ。