狼ナル

夢ならいいのに




 週末で疲れがピークに達しているのに、遅くまで起きている訳。
 もしかしたらという僅かな可能性に賭けてしまう、誤魔化しきれない恋心。




 ピピッ、ピピッ、ピピッ。
 電波時計が、24時に設定されている受信を始めた。気が付かない内に転た寝をしていた成歩堂は、その音で覚醒し、重い瞼を擦って表示を見る。
 0が4つ並んでいるのを改めて確認すると、眠気とは別の気怠さが襲ってきた。
「・・・寝るか」
 付けっぱなしだったTVを切ると、真夜中という事もあってか部屋に静寂が訪れた。心なしか気温も下がったような気がして、ぶるりと背筋を震わせる。
 歯を磨いている時も。 
 ベッドに潜り込んだ時も。
 照明を消して暗闇を作り出しても。
 つい、同じ空の元にいても滅多に会う事が叶わない人を思ってしまう。
 己で選んだし。
 納得済みだし。
 日々に忙殺されて、普段はこんなに囚われない筈なのに。やはり、去年のインパクトが強強烈すぎるのだろう。
 一年前のハロウィン。
 滞在僅か5時間という強行軍にも程があるスケジュールで来日した狼は。滞在時間の殆どを、餓えた狼さながら成歩堂を貪る事に費やした。
 真宵の策略により着ていた花魁風の肌襦袢は、二目と見られない状態になり。成歩堂の肌も、2週間近く人前では晒せない有様だった。
 そこまで思い出すと、今年のハロウィンに狼が来ないのは寧ろ良い事ではないかと方向転換し始める。『来年までに☆☆☆☆(成歩堂の自主規制:亀模様の縛り方)をマスターしてくるぜ!』と言っていた記憶が、うっすら蘇ってきたから。
 ―――しかし。
 心の奥底では、何をされてもいいから会いたい、という想いがチラつく。
 4ヶ月、狼は音信不通だ。
 潜入捜査をしているのか、極秘任務に取り掛かっているのか、こんなにも長い間メールの1つもないのは初めての事。
 無事なのか、怪我でもしたのか、このまま連絡が途絶えてしまったら成歩堂に探す手立てはあるのか、グルグルと思考が下降線を描く。
 便りがないのは元気な証拠、とネガティブさを追い払う呪文を唱えている内に、成歩堂はまた微睡んでいた。
「・・・龍一」
「・・・ん・・・」
 だから、夢の中で呼ばれたような気がして。幻聴でも元気そうな声が聞けてよかったとぼんやり思ったのだが。
「ん・・?・・・っん?! んんーっっ」
 重くて堅くて暖かいモノにのし掛かられたのと同時に口が塞がれ、腔内に軟体動物のようなモノが押し入ってきて、一気に覚醒した。
「む、ぅ・・っふ・・」
 バチリと瞼を開けば、視界一杯に映し出されたのは野性味に満ち溢れた、精悍な面差し。驚愕と怯えに強張っていた身体が、ゆるり弛緩する。
「士龍、さん・・・」
 ようやく解放された唇はジンジンと痺れ、声も掠れていた。
 呼び掛けに、暗闇でも力強い双眸が成歩堂のソレを捕らえる。
「Trick or Treat?」
 一瞬で下腹部を疼かせる、荒削りながら魅力たっぷりの声音。
 これまで、連絡してこなかった理由とか。
 ハロウィンはもう終わってしまったとか。
 今回の滞在時間はどれ位なのか。
 色々聞きたい事も言いたい事もあった。
 そして家の中だから、探せばお菓子の1つや2つ見つかり、狼の狙いを外す事だってできる。
 けれど成歩堂は甘い物を探しに行ったりせず、頬をほんのり染めて狼の革ジャンの裾を遠慮がちに握った。
「どうやら、悪戯で決まりみてぇだな」
 成歩堂でしか満腹にならない獣が、嬉しそうに愉しそうに、笑う。




 狼から貰うのなら。
 悪戯だって、お菓子以上に甘い。





 その数分後。
 床に放り投げてあった鞄から狼が取り出した、緋色の長襦袢と麻縄を目にするや否や。
 成歩堂は電光石火のごとく翻意して、『ハロウィンは過ぎました!!』と叫んだのだった。