実家から持ってきた寝具は10数年使っている年代物で、煎餅布団の見本としてどこに出しても誇れる位の一品だった。
温暖化が声高に叫ばれている昨今だが、暖房器具が炬燵のみのおんぼろアパート住まいで、夢現に隙間風を感じた成歩堂はそろそろ買い換えなくちゃなと身を縮こまらせた。
しかし深く潜り込んだのが功を奏したのか、急に両側が暖かくなってきた。これなら後一冬は持つ、と再び心地よい眠りにつこうと―――したのだけれど。
『わー、ベイビーったら擦り寄ってきたよ』
『起きてる時も寝てる時も。バンビーナの可愛いさは、テキサスの太陽みたいに輝いてるな!』
「・・・ぅ、ん・・」
『何かむにゃむにゃ言ってる! 兄貴、初詣の後でって思ってたけど、先にしよう?』
『そうさな。お誂え向きに布団の上だし、俺のマグナムで目覚めさせてやるか』
夢にしても、近くて明瞭で生々しい声。気の危険を感じずにはいられない内容。
数々の修羅場を潜り抜けてきた第六感が、成歩堂に警告した。今すぐ起きろ!!と。
「・・・ん、ん・・? 恭介さん?! 直斗さん?!」
瞼を開いた瞬間、揃いも揃って整ってはいるがこんな近距離はちょっと目に辛い顔が大写しに。
「あけおめことよろv」
「A Happy New Year、バンビーナ!」
「お、おめでとうございます・・・いやいや、何で僕の家にいるんです!?」
まだ幾分眠気が残っていて鸚鵡返しに挨拶し、数秒遅れて大きく目を見開く。
「お、今年初のツッコミだな」
「年が明けたって実感するねぇ」
「ツッコミと年明けは関係ありません! それより、布団の中にまで入って・・!」
慌てて左右を確認すれば、直斗と恭介が隣に横たわっていたから暖かかったのだと判明する。その前の隙間風は、二人が布団を捲り上げた時に生じたのだろう。
罪門兄弟によるサンドイッチ状態から逃れたくて起きようと試みたけれど、それぞれ逞しい腕がガッチリ成歩堂の身体に廻されていて自由に動くのは首だけ。
「だって、折角合い鍵をもらったんだから、使わなくちゃ勿体ないしー」
「え? 合い鍵なんて―――」
「待たせちまった詫びに、迎えにきたぜ」
「あ・・お疲れさまです」
とんでもない台詞を聞き咎めた所を、更に恭介が被せてきて、つい成歩堂はそちらに反応してしまう。この辺りが、罪門兄弟に翻弄される所以である。
元々、二人と初詣に行く約束をしていたのだが、大晦日に当番だった恭介は、勤務終了直前に籠城事件が勃発し。直斗もまた、政界絡みの検挙で急遽巌徒局長に呼び出されてしまったのだ。
延期のお詫びと終わり次第連絡するとのメールを二通もらった成歩堂は、初詣はいつでもいいですからお仕事頑張って下さいとレスをしてのんびり寝ていた。
「早く片付いたんですね」
壁掛け時計を見遣れば、当初の計画通りだとしても起床には早い時間で。何だか嫌な予感がして、さりげなく口にしてみた成歩堂は。
「ああ、俺の愛銃にものを言わせて強行突破をな」
「俺も、裏技でちょちょいと」
「ぇぇえ!? 何て事を!」
ずばり予想が的中して、くらくらした。彼ら特有の冗談かもしれないが、彼らは冗談のような行動を本気で起こすから安心はできない。
「ま、無事解決したからいいじゃない」
直斗がにっこり爽やかに笑っていても、不安は解消される所か一層募る。
「色々と異議を唱えたいんですが・・・それより! 合い鍵ってどういう事ですっ!?」
課程はともあれ解決したのは確かなのだろうから、気にはなるが後回しにさせてもらう。『鍵』の件は、はぐらかされたままにはしておけない。
成歩堂的には、厳しい目付きと表情で対峙したものの。
パジャマで。布団の中で。しかも三人仲良く川の字に寝転がっていては、効果は全くない。
「真剣なバンビーナも可愛いな」
と恭介は脂下がり。直斗も歯磨きのCMに出演以来が来そうな位、白い歯をキラリとさせて笑った。
「合い鍵の許可をくれた時も、メチャラブリーだったよん」
「・・・・・・」
外見が清廉なだけに、発言のえげつなさが際立つ。視界の隅に見たくなかったICレコーダーが掠め、無言になってしまう成歩堂。
年の割に経験不足な成歩堂は、恭介と直斗の二人がかりで攻められると途中で記憶が途切れる。理性を保っていられた例がない。
それを良い事に、彼らは『二人と付き合う』と約束させたり、『好き』と言わせたり、破廉恥な『お強請り』を引き出しているようなのだ。
推測なのは、成歩堂自身に覚えがないから。正気に戻った成歩堂は彼らの話に対して当然異議を申し立てるが、そこで証拠として提示されたのが前出のレコーダー。
といって、真偽を確かめる為に情事の一部始終を再生させる事が成歩堂にできるだろうか。否、できる筈がない。
一度、『心神喪失状態下の言動は、証拠に成り得ません!』と思い切って反論したものの。
『へぇ、そんなによかったのか?』
『ベイビー、すごく乱れてたもんねぇ』
と寧ろ嬉しそうに言われ、真っ赤になって撃沈した。それ以来、ICレコーダーが登場した時点で成歩堂のターンは空しく終わる。
「・・・すぐに支度しますので、少し待ってて下さい」
無理矢理思考を切り替えて、成歩堂が起き上がろうとした。成歩堂との約束を守る為に仕事を急ピッチで片付け、疲れているだろうに駆け付けてきてくれたのだ。その面だけを見ようと、己に言い聞かせて。
だが、罪門兄弟は成歩堂程、ピュアでも健気でもなかった。
「初詣は、後でもいいさ」
「ぶっちゃけ、ベイビーと居たいだけだし」
「ひゃっ、ちょ、待った! 脱がさないで下さいっ、手を入れるなーっ」
ゴソゴソゴソ・・と布団の下で四本の腕が妖しげな動きをし始め、成歩堂の顔がビリジアンへと変わる。分かりたくはないが、この先に待ち受けているモノが分かったのだ。
「いやいや、本当に・・困ります・・っ・・」
早くも荒くなってきた息で、必死に訴える。ここは、恭介達の防音完備なマンションではない。生活音がバッチリ聞こえる安普請だ。こんな所でコトに及ばれたら、隣近所と顔が合わせられなくなる。
真剣に、切実に、願った。すると彼らは顔を見合わせて、それから成歩堂を安心させるように笑ってみせる。
「何の為に、二人居ると思ってんだ?」
「ベイビーのイイ声、俺達以外に聞かせる訳ないでしょ」
そういう問題じゃない、という成歩堂のツッコミは、結局声にならず仕舞いだった。