直ナル

Curiosity―――




 爽やかで。
 優しくて。
 有能で。
 優雅で。
 イケメンで。
 スマートで。
 それから、多分。思うに。あまり言及はしたくないけれど。
 一筋縄ではいかない人。
 あれ?と首を傾げる前にその片鱗は消えてしまい、はっきりと目撃した事は未だかつて一度もなかったりしても。大体が、個性的すぎるゴドーの親友を長年やっているのだから、どれ程『いい人』に見えてもそこ止まりとは考え難い。
 成歩堂は、直斗に対してそんな印象を抱いていた。
 だが、しかし。
 こんな一面だけは、想像もしていなかった。




 ゴドーの酒豪程度を表すなら、ザルを通り越して枠。枠すらないかもしれない。となれば、ゴドーと唯一張り合えるらしい直斗も、蟒蛇の筈。
「直斗さんって、酔うとどうなるんですか?」
 乾杯のビールはクリアしたものの、二杯目の烏龍ハイですっかり良い心持ちになった成歩堂は、三倍近くのペースで呑んでいるのに平素と全く変わらないゴドーへ羨ましそうな視線を向け、ポソリと呟いた。
 ちなみにゴドーの酔った姿は一度だけ目撃したものの、オヤジギャグを連発する以外の徴候はなかった。
「クッ・・アイツが酔っぱらうと面白いぜ?」
「え、ホントですか?!」
 まさしく思い出し笑いをしながら、ゴドーはお代わりをオーダーする。そして興味深々な成歩堂の表情をチラリと窺い、口元を悪辣に歪めた。
「何だ、知りたいのかィ?」
「いや、だって・・直斗さんも酒に強いし、酔っぱらう事自体あるのかなって・・・」
 モゴモゴ、不明瞭に言い訳する成歩堂。笑い上戸になるのか。愚痴っぽくなるのか。管を巻くのか。―――いつも直斗は完璧に近いから、人間らしい部分を見てみたい。いや、安心したいのかもしれない。側に居てもいいのだと。
「好奇心旺盛なコネコちゃんだな」
 ゴドーの笑みは、益々愉悦に塗れる。成歩堂ときたら直斗の腹黒さを薄々感付いておきながら、許容した挙げ句それを欠点に含めない。惚気―――惚れた弱味というより、成歩堂の資質―――底抜けの甘ちゃん故だろう。
「アイツを酔わせる方法、教えてやろうか?」
 桃色に染まった耳朶へ、甘く吹き込む。
 直斗と成歩堂の間をこっそり掻き回すのが、最近のゴドーのお楽しみだったりする。




 直斗を酔わせるカクテル。
 レシピはジンとウォッカ、それも57度のピムリコジンと最凶の96度スピリタスウォッカの50:50。それはカクテルと言うんですか!?と、教えてもらった時、思わず成歩堂はツッコんだ。
 ゴドーは当然の疑問を華麗にスルーし、どちらか一方だけだったり交互に飲んでも効果はなく、なのに少量でも半々に混ぜたものは覿面だと付け加えたのである。そして仕組みはどうでもいいじゃねぇか、といい加減のような真理のような言葉でその話はシメられた。
 後日。ゴドーからの情報を確認する絶好のチャンスが訪れる。
 直斗は風呂上がり、室温に戻したコップ一杯のミネラルウォーターを飲む。水は透明、直斗に飲ませたいカクテルも透明。ならばココしかないだろう!と、好奇心を抑えられなかった成歩堂は中身をすり替えた。
「ベイビー、お先に」
「あ、は、早かったですね」
「うん。一緒に入ってくれなかったから、淋しくてさ〜」
 悪戯や悪巧みに向いていない成歩堂は、直斗がリビングに現れた瞬間からドキドキバクバクものだったが、幸運にも直斗はいつもの照れと誤解してくれたようだ。例のごとく爽やかにセクハラ発言して笑い―――ゴクリと、水に見せ掛けたカクテルを呷った。
「!」
 酒が喉から食道、胃へ流れ込んだ(と思われる)後。直斗はドサリとソファへ座り。深く、俯いた。
「な、直斗さん!? 大丈夫ですか?」
 もしかして酩酊を通り越して具合が悪くなったのだろうかと、成歩堂は慌てて駆け寄った。
「今、薬と水を持ってきますから!」
 巫山戯た真似をした己を内心で激しく罵りつつも、今はとにかく直斗の介抱が先決。勢いよく立ち上がった成歩堂だったが、一歩も進まないで動きが止まる。
「直斗さん・・?」
 腕を捕らえられ、反射的に振り向いた成歩堂の目に。
 ゆっくり。
 典雅に。
 顔を上げる直斗が映った。
「龍一・・・イケナイ子だね?」
「へぁ?! えっ、は、ええ?」
 間抜けな声を連発する成歩堂は、パニックの直中にあった。
 本人に他ならないのに、直斗とは信じがたい直斗がそこに居る。普段の直斗は、全速力で長時間走った直後でもきっと嘗めてもしょっぱくない汗がキラキラ飛び散り、湿度のメチャ低い心地良い風を感じる程の清涼さ。
 だが、今の直斗は。
 『視線一つで孕みそうな色気』を醸し出していた。声音は艶が五割増。まだ濡れた髪がはらりと額へ落ちた瞬間、シンプルなスウェットが真っ白なバスローブに見えてくる。超能力者ではないからオーラなんて感じ取れない筈なのに、直斗から立ち上る陽炎は紫だと分かる。
 廃頽とか、耽美とか、幻惑的とか、妖しげな形容だけが似合うフェロモン過多な色男。それが、酔っぱらった直斗の正体だったのである。
「可愛い悪戯をして・・・思う存分、可愛がってあげようか」
「いっ、いやいやいやぁっ!!」
 頬を指ですぅっと辿られ、一瞬にして全身総毛立った成歩堂の脳裏を最後に過ぎったのは。
 有名な、イギリスの諺。



 『好奇心は―――』