いっそ、身体に刻んでやろうか




『嘘だ』
『また、ぼんやりしてたんだろ』
 遠い国からの情報を聞いた時、まず思ったのはこの2つだった。
 知り合って日が浅く、半ば強引に想いを通じさせてからも満足には程遠い時間しか過ごしていないが。成歩堂の全てを把握しているとは、言わないが。
 それでも、本質は見誤らない。狼が何よりも惹かれた成歩堂の為人は、誇りをもって取り組んでいる仕事を穢したりはしない。
 だが、成歩堂が弁護士資格を剥奪された事自体はガセではなさそうなので、すぐさま短縮番号1にリダイアルした。
 早く成歩堂の声を聞きたい焦燥を他所にしばらく繋がらず、サングラスとカップと椅子と部下数人の胃に被害が出た後、ようやく成歩堂と話せたのである。
 流石に疲労と衝撃の大きさは隠し切れていなかったものの、成歩堂は穏やかな声で『真実』を狼に告げた。狼は可能な限りの支援を誓い、今手掛けている事件が解決次第、成歩堂の元に駆けつけるとも約束した。
 この辺りから―――狼の中に、3つ目の考えが芽生える。
 『アレ』を実現する絶好のチャンスではないか、と。
 



 驚異的なスピードで犯人を逮捕し、狼は約束通り成歩堂の元へと駆けつけ。そこで改めて正確な現況を聞き出し、狼が独自に調べさせた情報も加えて今後の対策を話し合った。 
 国際捜査官という立場上制限はあるけれど、グレーゾーンにまで踏み込んだ協力体制を敷き。
 成歩堂を抱き締めて力付けて安心させて山程愛の言葉を囁いて、捏造事件以来、初めて本心から成歩堂が笑ったのを見届けてから、狼は日本を後にした。



 それから数年後。牛歩並ながら真相の糸口を掴みかけた頃、狼からの誘いで成歩堂は西鳳民国を訪れた。
 典型的な遠距離恋愛だったが、暗く長く先の見えない日々、物理的にも精神的にも支えとなってくれたのは狼であり。狼への想いは確実に根付いていたから、狼の生国へチケット付きで招かれれば成歩堂に否やはなかった。




 しかし。
 成歩堂は、知らない。
 待ち受けるものが、狼の部族に綿々と受け継がれる儀式で。
 狼が、成歩堂の魂をも己に繋ぐべく、狼の左胸に刻まれた刺青と同一の『徴』を、手ずから彫ろうと準備していた事を。