蒼で灼く焔




 燃え尽きたと、思っていた。
 何の役にもたたない灰で、無にしてくれる風を待つだけだと。
 それなのに、年若い、あどけないと言っても良い青年を前にすると。
 フラットになった胸の最下層で、チリチリと蠢くものがある。




「うーん、ここら辺にある筈なんだけどなぁ・・」
 廃屋の中、トレードマークの青いスーツに着々と白い模様がついていくのも気付いていない様子で、成歩堂が証拠を探していた。
 成歩堂の集中力と探求心、そして蒼い焔のような情熱は『若さ』の一言では片付けられない気がする。まぁ、人の進化は年月だけで計れるものではないが。
「ぁぁあ、馬堂さんすみませんっ! 急ぎます!」
 立ち上がった所で、ずっと観察していた馬堂と視線があった成歩堂は瞬時にビリジアンな顔色になり、物凄い勢いで謝ってきた。
 馬堂の好意で事件現場を調査させてもらっているのにも関わらず、その馬堂を放置して延々と没頭するのは、成歩堂にとって礼節にもとる事なのだろう。
「・・続けていいぞ。俺も・・気兼ねなく飴が堪能できる」
「へ・・?」
 老獪な馬堂は、嘘と真実を微妙な割合で混ぜて相手を煙に巻くのがお手の物。
 太刀打ちできるレベルではない成歩堂は素っ頓狂な声を上げ、ついでプッと吹き出した。
「あまり甘いものばかり食べていると、身体に良くないですよ? ―――結審したら、滋養のあるものを奢りますね」
 『勝訴する為にも、もう少し時間を下さい!』と何気に付け加え、成歩堂は馬堂の返答を聞く前に調査へ戻ってしまう。
「・・お強請りが上手いな・・」
 待つのは苦にならないが、天然の誑しは知っていてやるより質が悪い、と嘆息せずにはいられない馬堂だった。




「本当にありがとうございます! 馬堂さんのお陰で、何とかなりそうです」
「・・よかったな・・」
 媚びのない、真っ直ぐな眼差しは闇と汚濁ばかり見てきた馬堂には、少々眩しすぎる。
 けれど見るなとは願っても、見たくないとは微塵も感じない。それどころか、全てを諦めた手を伸ばして、その瑞々しい頬に触れる。
「・・法廷には、埃をはらってから入る事を勧める」
「ああっ! うわ、落ちなかったらどーしよう!?」
 頬を滑ってから離れた馬堂の指が黒く汚れているのを見て、やっと全身の惨状を認識した成歩堂が、いかにも情けなさそうに眉をへたらせる。
「・・俺に食事を奢るより、クリーニング代を確保する方が先決じゃないのか・・?」
 そう指摘して低く長く笑った馬堂につられ、成歩堂も苦笑していたが。
 成歩堂は、知る由もない。
 馬堂が口の端を上げるだけでなく、声に出して笑うのは本人でさえ思い出せない位、遠い昔である事を。




 馬堂の内側に在るのは。
 灰ではなく、燠火だったのだ。
 漆黒の中にポツリポツリと緋が浮上し。
 目が合う度、話す度、太陽のような匂いを嗅ぐ度、柔らかい肌を感じる度。
 成歩堂という空気に触れ、緋が濃くなって広がり。卑猥な舌のごとく、焔の欠片が蠢き出す。
 本格的に再燃するとしたら。
 久遠を越えて蘇るのは、疑う余地もなく―――業火。