器用貧乏、と兄は言った。
墨でも飲んでるのかィ?、と悪友は言った。
ボクと似てるねェ、と上司は言った。
多くの人が、爽やかで笑顔がキラキラしていて格好良い、と言う。
己に対する評価は、はっきり言ってどうでもいい。期待しようが、理想を押し付けられようが、自分のしたいように楽なように振る舞う。
使い分ける『顔』が両極端でも、いわゆる『ギャップ』が人より激しいだけの事。
適当に楽しくて。
適当に笑って。
適当に仕事して。
適当に、煩悩を解消する。
適当な人生に不満もないし、従って向上心もない。
努力しなくてもそこそこのレベルに達せるのはラッキーだと、素直に享受して。上から目線でもっと出来る筈だと発破をかけられても、『お疲れさま、頑張って〜』と馬耳東風。
直斗は、全てにおいてそれなりに満足していた。
一生、このままでも構わない。
いや、構わなかった。
―――さながら、モノクロの絵が細部まで鮮明な色を宿すように。
トンガリで。
青くて、蒼くて。
ヘンな眉毛をしていて。
不躾な程、人の瞳を真っ直ぐ射貫く弁護士と遭遇してから。
直斗の世界は、明らかに変転した。
「あの・・直斗さん・・」
「ん? 何かな、ベイビー」
「いやいや、僕の方が聞きたいです・・」
成歩堂のヘンな眉毛が、へにょんと垂れた。
キュンと萌えてしまった直斗の顔は、今まで以上にニコニコニコ・・と笑みを大放出した。成歩堂の口元が引き攣っていたが、もうそれすらも可愛い。
成歩堂にしてみれば、お得意のツッコミを連発したい所だろう。何しろもう小一時間ずっとこの状態―――事務所を訪れた直斗が、成歩堂をひたすら眺めている―――なのだから、怒り出してもおかしくない。
けれど成歩堂は困ったように、居心地悪そうに、少し心配そうに、仕事の合間合間に直斗を伺う。用事はない、と言われ。用事がないのに、居座って。その上、穴が空く程一挙手一投足を観察されても、だらだら冷や汗を流してどうすれば良いのか思い煩う。
これがゴドーだったら、あっつい一杯を奢られるか蹴り出されるか。
成歩堂のお人好しな性格に惹かれたのかとも考えるが・・きっとそれは、100%の正解ではない。
La vie en Rose
直斗は、その言葉を実感中だった。
どこが、ではなく。
全て、が。
愛しくて、楽しくて、輝いて見えて、触れたくて、欲しくて。
きっと一日中眺めていても、飽きない。一日中触れられたら、少しは善人になれそうな気さえする。表情豊かな黒瞳に見詰められると、『仮面』も『裏』も境界線が曖昧になって、溶け出して、何か別のものが出現しそうだ。
それが、本当の直斗だったりするのだろうか?
まぁ、その辺りはたいして興味がない。成歩堂がどんな反応を示すかに関しては、大いに興味があるけれど。
「お話を聞く位しかできませんが・・あまり溜め込まないで下さいね」
「成歩堂くん・・」
挙動不審な直斗を不気味がらずに労ってくれる成歩堂は、胸をジンと疼かせたが。
発言の一部を下ネタ的に聞き取り、下ネタ的な箇所もジンと疼く。
かなり重傷だ、と他人事のように自覚する。
直斗はすっと顔を引き締め、成歩堂に近寄った。
「んー、とりあえず・・キスしていい?」
「待った!」
「却下」
「いやいや、それじゃ質問の意味がないですよね!? ちょっ、直斗さん・・っ!?」
貴方がいれば、世界は素敵に、薔薇色に、彩られる。
貴方がいなくなれば、世界に意味はない。
意味のない世界には耐えられても、貴方の不在には耐えられない。
だから―――貴方を捕まえよう。