直ナル

にゃんにゃんにゃん




 それはもう、背後に晴れ渡った青空の幻影が見える位の爽やかさで直斗は言った。
「さ、『にゃー』って鳴いてみようか」
 猫耳のついたカチューシャを、成歩堂のトンガリ頭に装着しながら。




「ベイビー、こんにちは」
「今日は、直斗さん」
 冬将軍が居座り続けており、事務所のドアが開く度凍えた空気が入ってくるのに。いつものカウボーイスタイルで現れた直斗が引き連れてきたのは、新緑の涼やかな流れだった。
 すっかり慣れたとはいえ、心の中ではどんなマジックだと根強いツッコミをしつつ、成歩堂は直斗を迎える。
「何か事件ですか?」
 最近は直斗と関係する裁判を受け持っていなかった為、予定外の訪問の訳を尋ねた。ここは事務所で営業時間中なのだから当然の問いなのだけれど、直斗はいかにも心外だというように肩を竦めてみせる。
「ベイビーに会いたい気持ちを抑えきれなくて、来たんだよ? つれないねー」
「ははは・・・」
 パチン、と粋なウインクをされても、成歩堂は乾いた笑いを返すのが精一杯。直斗の真意はひどく掴みにくくて、からかわれたと受け流すのが無難なのか、真面目に対応した方がいいのか毎回判断に困る。
「で、今日は何日だか知ってる?」
 今も成歩堂の戸惑いを余所に、脈絡のない質問をしてきた。諦め半分で、カレンダーを見て確認した後答える。どんな反応をしようと、最終的に振り回されるのが常なのだ。
「えーと、2月22日ですね」
「そう。『にゃんにゃんにゃん』の日なんだよ」
「・・・・・は?!」
 数え切れない程、直斗の見た目だけは完璧に清涼感溢れるスマイルに翻弄されてきた成歩堂でも。直斗から放たれた言葉には、ツッコむ所かポカンと大口を開けて固まった。
「って事で、成歩堂くんにつけてもらおうと用意してみましたー」
 やっぱり成歩堂の驚愕を頓着する事なく、直斗はポンチョの下から紙袋を取り出して机へ置いた。そして、その中から現れたのは―――肉球とふわふわの毛並みがついた手袋。
「白か黒かで、迷ったんだけどね。今回は、オーソドックスな方で」
「――――――」
 成歩堂が未だ硬直中なのを良い事に、片手ずつ猫手袋をすっぽり被せていく。青いスーツの、肘から下が白い、いかにも柔らかそうな猫の手となる。正直、とんでもない映像ではあったが、直斗的にはOKなのか1つ頷くと再度紙袋へ手を突っ込んだ。
「さ、『にゃー』って鳴いてみようか」
「―――いやいや!」
 これまた白いモコモコの耳が装着され、そこでようやく成歩堂は我に返った。ずさっと後退り、カチューシャを外そうと頭へ手をやる―――ものの、ぽよぽよの猫手では滑るだけ。
「ダメだよ、ベイビー」
 テンガロンの鍔を少し下げ、指の隙間から直斗が視線を投げ掛ける。外なら女性達の歓声を浴びそうな、悪戯っぽくてイケメン全開な仕草も。成歩堂にとっては、背筋に冷たいモノが走ってしまう。
「その格好で、可愛く鳴いてくれるか。『コレ』をつけるか。どっちにする・・?」
「いやいやいや!?!」
 最後に、紙袋から現れた『ソレ』は。
 白くて。
 猫の尻尾みたいで。
しかし、根元に猫の尻尾には存在し得ないモノが余分についていた。
 何故どちらかを選ぶ事が前提なんだ、とか。
 尻尾擬きを持っているのとは別の手が構えている携帯でどうするつもりだ、とか。
 尻尾に似せたモノが微妙に振動し、微かにモーター音が聞こえてくるのはやっぱりそのようなアレなのか、とか。
 山のようにツッコミたい事はあったし、その前に即刻逃げ去ってしまいたかったけれど。
 にっこり、好感度の高い笑顔を浮かべている直斗から逃れられる気が全くしなくて。
 だらだらと冷や汗を流しながら、成歩堂の唇は少しずつ開いていった。



「・・・に、にゃん・・」