しんしんと雪の降る銀世界は、とても静かで。時折重量に耐えかねた塊がドサリと落ちる音の他は、白い結晶に吸い込まれ、冷たく包まれていった。
外は氷点下の凍てつく寒さでも、ログハウスの中は暑いくらいの温度設定だった。各部屋一つずつ設置された最新式暖炉から、赤い炎が消える事はなく。暖炉の余熱で暖められたお湯が、床暖房として家中に張り巡らされ。
雪を真水に浄化する装置も、1棟丸々の食料小屋も、基本の自家発電設備も、ついでにネット環境までばっちり揃っている。
成歩堂と狼、それに部下5人が家の中に籠もったまま2・3ヶ月は余裕で暮らせるこの場所を、狼は隠れ屋と称したが。機能的には『シェルター』の方が近いのではないかと、成歩堂は思った。
クリスマスの夜にパジャマ姿で連れ出され、あれよあれよと飛行機に乗せられ。機内で着替えて戦争映画で出てきそうなゴツいヘリへと乗り換えて着いたのが、ここ。誰も教えてくれなかったから、未だどこ―――どの国なのか分からない。
状況に慣れるまで少し時間がかかったけれど、事件以外の事は細かい質ではないし。何にも煩わされず狼とゆっくり過ごせるのなら。成歩堂には、それで十分。
「師父、気合いです〜!」
「根性で、下克上しろぉっ!!」
「おぉっと、師父がジリジリと差を広げているぞ!? あと1mだぁ。やはり、ラブパワーは無敵なのかっ!?」
「・・・まぁ、2人共転ばないで下さいね」
分厚い雲が途切れ、珍しく太陽が顔を出した朝。成歩堂達は日課の雪かきをしていた。勿論除雪機もあるのだが、鍛錬の代わりにと屋根の雪下ろしから道作りのラッセルまでを人力でこなすのだ。
「師父、全勝! 流石です!!」
「ハァ・・。今日は、いけると思ったんだけどなぁ」
成歩堂を除いて、人外じみた身体能力を持った彼らは何をやるにつけレース方式にしてしまう。賞品は休暇や給料の増減だったり、夕食時のビールだったり、掃除当番だったりと高価なものではなくても、狼達は極めて真剣に、かつ楽しそうに勝負していた。
基礎体力からして違う成歩堂は、ハンデ付きでたまに参加するが、大抵は担当の玄関周りを雪かきしながら彼らを応援する。
「龍一、今夜はターキーが食えるぞ!」
「お疲れさま。それと、おめでとうございます」
10mのラッセル勝負に見事勝った狼は、大型スコップを肩に担いで成歩堂の元へ戻ると、ニッと犬歯を覗かせて笑った。賞品が食べ物の場合、殆どを成歩堂に分け与えてくれるのでお礼を兼ねて祝う。
どうやら狼の中では、碌に美味いものを食べられない程困窮していると思われているらしい。今更誤解(?)を解くのも何だし、成歩堂が『美味しい』と感動すると狼が満足そうに目を細めるので黙っている。
「おう、ありがとな」
今は防寒帽に隠れているトンガリを撫でて、更に笑みを深める狼。どこか無邪気で、ひどく雄めいた表情。逞しい四肢をぴったり包むスキーウェアといい、雪焼け防止のサングラスといい、もう何度も見ている筈なのに、先刻までの俊敏で力強い動きと相俟って、成歩堂の鼓動を早める。
「・・・・・」
ほんの少し―――成歩堂自身はバレていないと思っているのだが―――外された視線に、狼はサングラスを押し上げて数秒、成歩堂を観察し。
「し、士龍さんっ!?」
カラン、とスコップを投げ捨て。成歩堂のそれも同じく地面へ放り。成歩堂を担ぎ上げた。
「悪いが、片付けといてくれ」
「応!」
「ごゆっくり〜」
「朝食は、1時間後にセットしますので」
「え? ちょ、ちょっと待った!」
部下達の方を振り向かないまま、空いている手をヒラヒラさせて告げた狼に。ほのぼのとした同意&応援の声が返される。
事態についていけないのは、成歩堂だけ。
「まだ、運動したりねぇんだ。付き合って、くれるよな・・?」
「いやいやいや、僕じゃ役不足ですって! スミさんとか―――」
必死で抗議する成歩堂の声が、重い扉が閉まると同時にプツリと聞こえなくなった。
「撤収〜」
「応!」
残された部下達は、何事もなかったかのように作業を始め。狼と成歩堂が滞在しているメインハウスを後にした。
紅白も。除夜の鐘も。初詣も。お節も。年賀状も。
慣れ親しんできた年末年始の行事は、何1つないけれど。
2人で在れる時間は、それらを補って余りある喜び。