馬ナル

元旦は一月の休日




 天下の国家権力、警察といえど。無敵でもなければ万能でもない。
 その一例として、馬堂の『家』が挙げられる。刑事課において、長らく馬堂の家は謎とされてきた。無論、必要事項として事務方へ住所を知らせているし公的に住民登録もされているし、郵便も届くし固定電話も通じる。
 しかし、馬堂の家へ行った者は誰一人としておらず。たまたま、住所を頼りに馬堂の家を探した刑事がいたけれど見付からず。刑事のくせにだらしがねぇなぁ、と笑った刑事達が何人かノリで挑戦したものの、結局任務を遂行できず。
 不審というか不気味に感じた同僚が、問い詰めた所。馬堂は、じっと底知れぬ双眸で同僚を凝視して凍り付かせた挙げ句。低く張りがあって美声の部類に入るものの、何ともドスのきいたトーンで、
「・・好奇心は・・猫をも殺す・・」
 とだけ喋り。ぞくっと総毛立った彼らは、その件をアンタッチャブルとした。




「馬堂さんの場合、寝正月じゃなくて飲み正月なんだろうな・・」
 手にしたビニル袋をカサカサ言わせながら、成歩堂は遠い目をした。
 三箇日は非番の筈で、という事は酒量も相当進んでいる事が予想される。蟒蛇に近い馬堂にも、限界はあり。例えるなら、日本酒一升で微酔い。ほんの少し口数が増える。二升を越えると口調は戻るが、不可思議な行動が始まり。三升では、即刻立ち去った方が良い気分にさせられる。
 初めて馬堂の呑みに付き合った時、終始一貫無表情のままなので酔っていると分かる訳もなく。淡々と黙々と体中を撫で回された成歩堂は、ガチで『お巡りさん、助けてぇぇっ!!』と叫んだものだ。
 今では慣れと諦めでスルーできるようになったとはいえ、際疾いを通り越してアウトなセクハラが待ち構えているかと思うと、足の運びも鈍りがち。でも『行かない』選択肢が、不思議と成歩堂の中になくて。
 【タイトル:家で待つ】
 【本文:つまみ持参で】
 そんな無精なんだか寡黙なんだか横暴なんだか判断しかねるメールを年明け早々受信し、現在向かっている。
 目的地は、最寄り駅から徒歩十分ちょっととそう遠くない。けれど右左折が多く、細い道へ入ったり私道としか思えない場所を通ったりと複雑で。しばらく馬堂の付き添いなしでは辿り付けなかった。
「お邪魔しますー」
 表札もなければ、インターフォンもなし。鍵はいつ訪ねても開いている。持ち主と同じ、一風変わった家だなと改めて感じながら、一声掛けて返答を待たず中へ入った。
 年代を経た、でもリフォーム済みで不自由はない平屋が馬堂の住処。きっと馬堂は居間に籠もり。薬罐をかけた大きな石油ストーブの前へ陣取り、ろくな食事をしないまま熱燗とつまみで過ごしているのだろう。
「あけましておめでとうございます、馬堂さん」
「・・・あけおめ・・ことよろ・・」
 襖を開けたその先には、予想通りの光景。今風の挨拶が妙に笑えた。
「よろしく。今年は、お酒を程々にした方がいいですよ」
 おつまみよりは栄養価の高い差し入れを出すついでに、やんわり忠告し。それからのんびりと、時折セクハラを受けつつ流しつつ正月を過ごした。
 大きな炬燵と。
 薬罐から立ち上る蒸気で、身体の芯から温められ。
 会話が碌になくても、ツッコミ必至の酔い方でも、馬堂との時間は何故か楽しくて。ついつい長居してしまうのが、最近のパターン。




 後日。
 偶然、馬堂の家に行った事が刑事課の面々に知れ渡り。驚愕と質問責めの嵐に巻き込まれる成歩堂だった。