狼の約束は流動的。細かく言えば、約束の施行される日時がひどく恣意的。
何しろ、約束した時からして『ズレ』がある。現地時間すら狼が移動すれば変わるし、どこにいるか秘密の場合も多い。日本時間に統一する方法もあるが、そこはそれ、抜け道は残しておくのが遣り手の捜査官。
前置きが長くなったが、クリスマスに来ると狼は宣言したものの。果たしてイブを指したのか25日なのか現地時間なのか日本時間なのか、狼にしか分からない。成歩堂に分かるのは、約束が守られる事だけ。
だから成歩堂は、仕事が終わって帰宅したら、普段通りに食事をして風呂に入って就寝した。幾つものイベントを経た結果、のんびりゆったり待つモードがすっかり定着したのだ。
狼から電話なりメールがあったらすぐ気付けるよう、枕元に携帯を置いた成歩堂が深い眠りに落ちたのは、すぐ。先日の思わせ振りな台詞の所為で、毎日夜遅くまで走り回った成歩堂の疲労はピークに達していて。
「・・・む・・」
夢の中でも大量の書類に追い掛けられ、苦しげに眉根が寄る。と、そこへどこからともなく飛んできた毛皮の絨毯。ビリジアンになった成歩堂が藁にも縋る気持ちで乗れば、ふわり軽やかに浮き上がって空を漂った。
「・・ん・・・」
温かくてちょっと堅くて、地面から離れているのに不安が沸かない存在感。夢の中なのにもっと眠りたくなる心地よさに、ん?と首を傾げる。こんな夢の後は大抵―――。
「!」
そこまで思考が行き着いた時、成歩堂は急速に覚醒して瞼を持ち上げた。
「ん? 起きたみたいだな。メリクリ、龍一」
「・・・士龍、さん・・」
やはり視界に飛び込んできた、精悍な面差しと眩しい位の髪。へにゃ、と表情が緩む。
「元気そうで、安心しました」
さっと見た感じでは、怪我は負っていないようだ。久しぶりに会えた喜びと安堵が相俟って、成歩堂のテンションは上向きとなった。
「え・・ぇえ?」
しかし次の瞬間、ピキリと凍り付く。ふと見下ろした己の格好は、パジャマのまま。この際、狼の膝に乗せられているのは(今に始まった事ではない為)スルーしても。現在車中であり、つまり、おそらく姫抱きでアパートを出て運ばれただろう点はセルフツッコミの対象。
「は、恥ずかしすぎる!」
近所の人に目撃されていたら合わせる顔がない、とか。かなり揺れた筈なのに気が付かないなんてどうなんだ、とか。せめて服に着替えさせてくれたら・・いやいや、それはなし!、とか。パニックで思考はカオス状態。
「可愛かったから、問題ないだろ」
「異議あり!」
「応」
楽しげにトンガリを掻き乱す狼を睨め上げるも、ご機嫌は少しも損なわれない。口元に笑みを刻んだまま、旋毛や蟀谷や額へ唇を落としている。こんな姿を見ていると、成歩堂の羞恥や戸惑いや拘りが溶けていってしまう。
恋情だけが、輪郭を為す。
「さて、ホワイトクリスマスを堪能しに行くぜ」
「へ? 行くって、どこにですか・・?」
「ああ、着いてのお楽しみだな」
「ぇぇえ?!」
ウィンドウ越しに見えてきた滑走路に、成歩堂が再び慌てるも。成歩堂の恋人は、強引なキスで宥めるだけだった。