キスの場所で22のお題

16:指先(賞賛)




 例のごとく、予定の確認なんてせずに訪れた事務所で、矢張は成歩堂の勝利を知った。
「祝いのケーキを持ってくるとは、オレさまって天才だな!」
「たまたまだろ!?」
 ビシリと胸を張った矢張に、呆れた成歩堂が突っ込む。このタイミングで来たのも偶然なら、現在ラブラブ中の彼女がケーキ屋に勤めているのも偶然の産物。
「細かい事は、言うなよ。オレさまが天才ってのと、マサヨがキュートなのは、オマエがGP弁護士でも逆転できない事だからよ!」
「逆転できなくても、突っ込んでおきたい事はあるけどな・・・」
 頬を引き攣らせた成歩堂だったが、馬耳東風とは矢張の為にある言葉だと最近痛切に実感しているので、マサヨとの惚気話を話し始めた矢張を放置して、珈琲を入れに行った。




「いてっ」
 矢張の話に適当な相槌を打ちつつ、残務処理を行っていた成歩堂が、突然声を上げた。
「ん?どした?」
「紙で切っちゃったよ。うわっ、血が出てきた!」
 やっとマシンガントークを中断した矢張が覗き込むと、人差し指の第一関節に赤い筋ができ、血を滲ませている。
「指って意外と血が止まらないんだよなぁ。絆創膏、貼らないとダメかもな」
 傷が小さくともそれなりに痛みがあるのか成歩堂は眉を顰め、書類に血がつかないよう抑えながら腰を浮かせた。
「マシス様に任せろって!」
「や、矢張っ!?」
 その手を捕らえた矢張は成歩堂が止める間もなく―――パクリと人差し指を咥えた。
「〜〜っっ!」
 矢張の行動に成歩堂は目を白黒させ、言葉も出ない。
「よし、これでOKだぜ☆」
 しばらく咥えたままモゴモゴやっていた矢張が指を解放し、得意げにいつものポーズをとった。
 呆然と人差し指を見下ろした成歩堂が、再び目を見開く。何をどうやったのかは皆目見当もつかないけれど、確かに血は止まり傷口が塞がっている。
「ケイコ直伝の、秘術なんだな」
 グッ、と親指を突き付けてくる矢張に力が抜け、抗議する気も萎えてしまう。
「あー・・ありがと、矢張」
「いいってコトよ☆」
「ある意味、オマエはホント天才で、スゴイ奴だよ」
「何か余分なのがついてるけど、マシスさまは細かいコトにはこだわらないぜ!」
 いつもの会話に流れながらも、矢張は胸の内で思う。
 『スゴイ』のは、成歩堂の方だと。
 何年かかっても親友を救い、誰もが見放した依頼人を無罪にし、埋もれていた真実を見つけ出す成歩堂を、矢張は尊敬している。
 だから矛盾を突き付け、真実を指し示すその指は、大切にされてしかるべきなのだ。