直ナル

14:手の甲(敬愛)




 悪友が、気に入った者だけにつける『コネコちゃん』。
 『テキサスの荒くれカウボーイより強い』と評価しつつも、兄の恭介は『バンビーナ』呼びを止めずに猫可愛がりしている。
 二番煎じは主義ではない。だとしたら、あの蒼くて若くてうっかりで天然で突っ込みが鋭い弁護士を何と呼ぶべきか?




「ダーリン、明日はよろしく☆」
「ダ・・・・・?」
 恐怖の突っ込み男なんて徒名もあるが、不意をつくと大きな瞳をパチクリさせて困惑する。そんな様子は小動物じみていて『はむたろう』もいける、と直斗は頭の中のメモに記した。
 意外と押しに弱く、強引なペースには迂闊にも巻き込まれてしまう。しょっちゅう悪友がコネコを攫っては存分に愛でているのも、このパターン。だから、直斗もぎゅっとハグして頬にスリスリして、驚いて真っ赤になってアワアワする成歩堂のプニプニ感を楽しんだ。
「ハニーとの対決は、随分久しぶりだよね。なかなかランデブーの機会が巡ってこなくて、淋しかったよ〜」
「ハ・・・」
 どんなに陰惨な審理でも。直斗が携わると、法廷には一陣の涼やかな風が駆け抜ける。法定侮辱罪を適用される事もあるから、『あ軽い』物言いは控えているにもかかわらず。
 ゴドーや御剣の裁判とは違った面白さがあると、傍聴人気は高い。しかし対成歩堂の審理はそれ以上に倍率が高くて、直斗といえど『ランデブー』権を獲得するのは至難の業。数ヶ月ぶりにようやくゲットした為、直斗はウキウキしていた。
「こっちが勝ったら、埋め合わせも兼ねてデートしようね?」
 ワクワクした気分のまま、お誘いをかけたけれど。
「―――お断りします。審理は賭け事の対象ではありません」
 きっぱりと言い切られてしまった。
 『真実』に関する事になると、つい先程まで直斗に弄ばれていたのとは別人のように。誰が相手でも一歩も退かず、それ所か誰もが気圧される覇気を見せるのだ。
 そのギャップにも、萌える。
「マイスイート。前言を撤回したいんだけど、許してくれる?」
「・・・・・」
 成歩堂を怒らせたい訳ではない直斗が最敬礼を添えて謝罪すると、成歩堂はクリ、と小首を傾げた。歩を進めて近付き、改めて直斗と見合う。
「あの・・・直斗さん。もしかして、疲れてます?」
 自分に対してはトンと疎いのに、他人の本質はいつだって敏く見抜く。誰一人として気付かなかった不調を言い当てられ、直斗も苦笑しか造れなくなってしまう。
「う〜ん。実は3日、完徹なんだ。でも明日は居眠りなんかしないから!」
 途端にへにゃりと眉尻が下がるのは、直斗を心配して。口を尖らせ気味にして早口になるのも。
「バカな事を言う暇があったら、さっさと帰って休んで下さい」
 口調はきついのに少しもダメージがないのは、成歩堂の気遣いが伝わってくるから。かさかさと鞄を漁った成歩堂は、取り出したものを直斗に押し付けてトドメを刺した。
「貰い物ですけど、多少は栄養補給になると思いますよ。じゃ、明日の準備で急ぐんで失礼します」
 調子が良かろうと悪かろうと、話し好きの直斗が自分から会話を終了させる事はないと知っている故の、行動。
「ベイビー、ありがと!」
 さっさと踵を返して遠離る蒼い後ろ姿に、直斗はハートマークだらけの声を投げ掛けた。
 ハートに、甘い物好きな成歩堂から惜しげもなく譲られたゴディバのチョコを押し当てながら。




 直斗は非常に優秀な検事故に、被告人を十回位有罪にできる証拠を揃えて裁判に臨んだ。成歩堂の、愛情がたっぷり込められたチョコで絶好調だったし。
 しかし最後の最後には、雨雲の合間から太陽が現れるように隠されていた真実が成歩堂によって導き出され、成歩堂がまたしても勝訴した。
 判決が下った後の法廷で、成歩堂に歩み寄った直斗はテンガロンハットを胸に添えて敬礼し。
「惚れ直しちゃったよ。やっぱりデートしようか、龍一」
 恭しく手の甲に口付けながら、成歩堂を口説いたものだから。
 直斗は、裁判長や恭介を始めとした外野からの厳しい突っ込みと、どこからともなく飛んできたマグカップ攻撃に曝されたのだが。
 無事戦火を潜り抜け、『龍一』呼びの定着とデートを遂行したのは、流石としか言い様がなかった。