狼ナル

0距離




 たとえ、どんなに離れても。
 心だけはいつだって―――。




 しとしとしと。
 梅雨時の振り方は、『纏わりつくような』と表現するのが最も的確だと思う。
「蒸すなぁ・・」
 じっとり浮かんできた汗を拭い、ぽつりと呟く。それからすぐ、唇を引き結んだ。一人暮らしが長いとついつい独り言が多くなり、漏れた後の虚しさ故に最近直すべく努力しているのだがなかなか効果は現れない。
 成歩堂の努力が足りないというより、部屋に一人しか居なくても『話す』機会がしょっちゅうあるので、癖の抜ける暇がないのだ。
 ピ、ピ、ピ。
「あ―――今晩は、士龍さん」
 今夜も、会話の相手がPC画面に現れた事を知らせる音が鳴り、成歩堂は顔を綻ばせた。
「よう、龍一。相変わらず喰っちまいたい面してるな」
「いやいや、意味が分かりません」
 冒頭の、挨拶代わりの掛け合いもすっかり慣れたもの。
 ネット電話が狼の部下によって設置された当時は、起動ボタンを押すのも―――その一動作だけで済むよう、全てセッティングしてくれたのだ―――躊躇いがちで。スクリーン越しでも狼の顔がまともに窺えず、碌に話せないまま時間切れになったりしていた。
「また悪党を一人捕まえたから、ご褒美にちょっと脱げよ」
「それは、本当にお疲れさまです。でも、また保存されたりしたら肖像権の侵害で訴えたくなるので却下します」
 今は、メールで言葉を遣り取りしたり携帯で声を聞くだけでなく豊かで人間味溢れる表情を見られる事は、会えない間の寂寥を埋める重要なアイテムになっている。エロトークが多かったり、かえって切ない気持ちが募ったりする時があっても。
「それはそうと。今日は雨が降っちまったから、行けねぇ。悪いな」
「は? あ、ああ・・そういう事ですか」
 成歩堂は突然ニヤリと笑った狼にきょとんとし、数秒後、苦笑した。今日は七月七日だ。梅雨まだ明けず、朝からしっかりと降り続いていたから、天の川は渡れないだろう。
 今日の天候を知っていたり。(東京だけが雨)
 日本の伝統行事に精通していたり。
 ロマンチックな台詞を発したりするのは、今更なのでツッコまない。
「真面目に働いてるのに雨なんて、日頃の行いに問題があるんじゃないですか?」
 正確には、成歩堂を林檎並に真っ赤にさせる言動とか。良い年をしてセクハラごときで、と思われるかもしれない。恋人関係にあるのだし。しかし何度もコスプレイを強要されてきた成歩堂は、効き目がないと分かっていても言いたくなる。
「俺と龍一のラブラブっぷりに、神様が妬いてるだけだろ」
 やはり狼は欠片も反省の色を見せず、犬歯を剥き出しにした。ついでに雄くさく唇を舐めてみせたので、成歩堂の身体が反射的に後ろへ引かれる。
「じ、じゃあ、あまり刺激しない方がいいですね」
 これまでの経験から、流れがよろしくない方へ向かっている事を感じ取り、回避を試みたけれど。
「いや、逆だな。彦星と織姫の衣装を用意させたから、奉納エッチしようぜ」
「異議ありぃっっ!」
 次回来日時のコスプレイを、宣言されてしまった。




 内容はさておき。
 ドン引きする事もあるけれど。
 鵲の協力がなくても、狼と成歩堂の心は無事逢瀬を果たせたようである。